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深冬芽以
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「……幽霊、か。ならば、その幽霊に引きずり込まれる恐怖を教えてあげよう」
父・誠の冷たい拒絶と共に
ドーム内に響いていた柔らかな旋律が、不快な電子音へと変貌した。
何千ものカプセルが同時に破裂し
中から青白い液体と共に、かつてのクラスメイトや見知らぬ大人たちが這い出してくる。
彼らの瞳には光がなく、頭部にはパンドラの端末と思われる極細の針が刺さったままだ。
彼らは父の意志を反映する「生体回路」として、意志のない足取りで私たちを包囲していく。
「九条さん、下がって……!」
私はタブレットで九条さんに警告を送ろうとしたが、九条さんは頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
「……あ…あああ……っ!」
ウイルスの代償で消えたはずの九条さんの記憶。
その深淵から、真っ黒な「何か」が噴き出していた。
九条さんの脳裏に、10年前のあの夜の光景がフラッシュバックする。
10年前、廃校の影で。
若き日の九条は、渡邉 誠から一通の誓約書を突きつけられていた。
『九条君、君は正義感が強い。だからこそ、栞を守りたいだろう?』
誠は笑っていた。
『この契約にサインしろ。君の脳の「一部」をパンドラのバックアップ領域として提供するなら、私は栞の命だけは保証しよう』
選択肢はなかった。九条は栞を救うため、自らの脳を、父のシステムの「隠しフォルダ」として差し出したのだ。
「……思い出した…僕は、……君を守る盾であると同時に……あの男の『記録媒体』だったんだ……ッ」
九条さんが顔を上げると、その右目だけが赤く発光していた。
父・誠は満足げに頷く。
「そうだ、九条君。君の忘却こそが、最終プログラムを隠すための暗号だった。君が記憶を取り戻した今、私の全データは、栞の喉を介さずとも、君の脳を経由して地上へ一斉送信される」
「……っ、…九条、さん……!」
私は震える手で九条さんの肩を掴んだ。
九条さんの体は激しく発熱し、鼻から一筋の血が流れる。
彼が完全にシステムに乗っ取られれば、パンドラは全人類の脳を「カプセルの中」と同じ状態に上書きしてしまう。
『お姉ちゃん……パパの足元を見て!』
蓮が叫んだ。父・誠の足元、サーバータワーの根元には
一本の極細い光ファイバーが、床下へと伸びている。
それは父の「今の肉体」を維持するための生命線であり、唯一の物理的接点だった。
だが、そこへ辿り着くには、迫りくるカプセルの中の「生ける屍」たちを突破しなければならない。
九条さんが、震える手で私の手を握りしめた。
赤く光る右目で、彼は私を見つめる。
「……栞さん、歌ってくれ…暗号じゃない、……僕の脳の中に、……君の声を、上書きしてくれ……!」
九条さんは、自分がパンドラの送信機になる前に、声で脳を「破壊」されることを選んだのだ。