コメント
2件
俺の恋人のクロノアさんはとても淡白だ。
いちをそれらしい触れ合いもしてはいるけど、俺を何度かイかせて自分が一度でもイくと行為は終了。
不満があるわけじゃないけれど、不安にはなる。
俺じゃクロノアさんを気持ち良くさせてあげれてないんじゃないかとか、やっぱり男じゃダメなんかじゃないかとか。
言葉とか態度とかも大っぴらってわけじゃない。
けど、そんな不満ともとれる不安を彼に言うわけにもいかず現状維持を続けているのが現実だ。
なんとなく流れで付き合おうか、みたいな感じで。
友達の延長線上のような関係。
決して喜んでもらえるような仲ではない。
俺のこのモヤついた思いをクロノアさんに言って悩ましたくもないし困らせたくもないから。
けど、言葉ひとつ、態度ひとつ。
日常の中で好きだよ、とか手を握ってくれるだけでも俺は安心できる。
高望みだということも理解してる。
それでも、確証のもてるものが欲しかった。
俺じゃなくてもいいんじゃないかと思う度に、不安で押しつぶされそうで。
変わらず接してくるクロノアさんにぎこちなく笑い返すしかできなくて。
好きな人と一緒になれただけでいいのに、欲張ろうとしている。
求めて欲しいと思うのは間違ってるのだろうか。
俺ばっかが、欲しいと思ってる一方通行の想いじゃないだろうか。
「……なんてな、」
一度だけ、クロノアさんにもっと俺にいろいろしてくれていいんですよと言った。
深い意味もあるにはあったけど、そこまで捉えるような意味は曖昧にして。
その時、彼は本当に困惑したように眉を下げ、今のままで充分だよ、と言った。
世の中お互い求め合うのが普通じゃない。
寧ろ、クロノアさんくらいが普通で俺が変なだけで。
それからは頼み事ひとつするのも気が引けて極力自分でどうにかしようとしたり、彼以外の人に頼み事をするようになっていった。
そのことに関しても、特に嫉妬とかをするわけでもなく子供を見る親のようにホッとしてるクロノアさんを見てあぁやっぱな、と諦めがあった。
みんなに優しいクロノアさんを自分のものにできただなんて烏滸がましいにも程があるけど、それでも一瞬でもそう思っていたかった。
こんなに悩むならさっさと別れて、元の関係に戻ったらと言われるかもしれない。
そうしないのはやっと手にすることのできたこの関係を手放したくないから。
俺だけの想いだとしても、離れたくないから。
「俺の我儘で、あの人のこと縛るわけにはいかねぇよな…」
想いの重さが違っても、そう考えていても他の誰かにクロノアさんの隣を譲りたくない。
考えつくのはいつもそこで。
昇華しきれない想いも、言葉にできない声も。
全て押し殺す。
悟られないよう表情を隠す為に、前よりも深く袋を被ることが癖付いていた。
────────────────
能動的だったものが徐々に受動的に変わっていった頃。
日常組で遊びに出かけた時。
「あれ?クロノアさん首のとこ虫刺されすか?」
「え?」
「なんか赤くなってる」
ぺいんとが自分の首筋をとんとん、と指で差す。
「なんか今年の蚊は今時孵化してるとか、…それですかね?」
「あー……そうかもね」
曖昧な返事をするクロノアさんにぺいんとが俺のほうを向いた。
「それともトラゾー?」
「え、?いや、俺は…」
痕をつけられることが嫌なクロノアさんに、ましてや目立つようなところにそんなもの俺はつけない。
つけれない。
「…蚊じゃない?しにがみさんの言う通り今年暑かったじゃん。涼しくなり出して一斉に孵化してるらしいよ」
「へぇ」
一目見て分かる。
虫刺されの痕なんかじゃないのを。
「だから今年蚊に刺されたの少なかったんか」
「いや、単純にぺいんとさんの血がまずいだけでしょ」
「おいそれディスりだろ!蚊もイケメンを選ぶってか?」
「そのか、蚊じゃないですよね」
「言ってねぇよ!」
「あははっ、ぺいんともちゃんとかっこいいよ」
じとっとクロノアさんを睨むぺいんと。
「クロノアさんに言われても説得力ないですけど」
「ぺいんとイケメンだぞー」
「おいトラゾーも棒読みやめろ!」
赤い痕を見たくなくてぺいんとに向き直って言う。
「え、本心なのに…心外だ」
「顔隠れてるからどんな表情で言ってるか分かんねぇもん」
「こんな顔?」
袋を取って、スンとしているとぺいんとに肩を小突かれた。
痛い、なんでだ。
「本心と程遠い顔してんだよ」
「んん゛…きゃーぺいんとってばイッケメーン!」
変な裏声を出してぺいんとの手を握った。
「わざとらし!」
「わがまま!!」
「わがままじゃないし!!」
ぺいんとはムスッと拗ねて唇を突き出している。
「えぇ……」
握った手を離して、ぺいんとの小指に緩くきゅっと自分の指を絡める。
「ぺいんと、かっこいいよ…?」
声を潜め首を傾げた。
背は俺の方が少し高いからあまり意味ないかもだけど。
「あ、あざとい!!」
「はぁ⁈もう文句ばっか!!」
「ちょっと恋人ごっこはその辺にしてくださいよ。ぺいんとさんもトラゾーさんも子供か!」
「「恋人ごっこじゃないし!!」」
「息ぴったりか!」
「「ぴったりじゃない!……って、真似すんな!!」」
睨み合っているとぺしっと頭を軽く叩かれた。
ぺいんとも同じように叩かれたようで。
「喧嘩両成敗、ね?」
クロノアさんがにっこり笑っていた。
「「あ…ごめんなさい」」
元々、こんなことになったのはあなたのせいだと勝手に責任転嫁をしたのは言わずに飲み込んだ。
「仲がいいのはいいけど、周りに迷惑かけちゃダメだよ」
「はい、すみませんクロノアさん…」
素直に頭を下げるぺいんと。
「トラゾーもね?」
「…すみません」
ちらつく痕に、吐きそうになりながら謝る。
「(俺に対して淡白なのは、ちゃんとした相手がいるからなのか。疑われない程度に付き合っておこうかってことか…)」
それなら合点がいく。
「(少しずつ、慣れていかないとな)」
元の関係に戻ることに。
束の間の幸せだったとしても、手放さなければならないことを。