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「トラゾー」
「?、はい?どうかしました?」
隣に座ったクロノアさんが手を握ってきた。
びくりと肩が跳ねる。
「クロノアさん?」
こんな風に触れてくることがなくて、嬉しさ半分疑い半分でクロノアさんを見返した。
「……、」
翡翠の目に欲が混じって見える。
「(あ、なるほど)」
「……しますか?」
こうやって言葉にするのも俺ばかり。
握られた手をそっと握り返す。
「…クロノアさん、俺とシてください」
「ん…」
「……」
「(溜まってんのかな、…まぁ、がっつくような人じゃないし…一回すれば満足するか)」
軽く触れるキスのあと、少しだけ深いものに変わる。
「んッ…」
「っ、…」
これを他の人にもしてるのだと思うと、途端に嫌悪感で背筋が震えた。
「っは、も…キスは、いいです…ッ」
「トラゾー…?」
きょとんとするクロノアさんに背を向ける。
「今日、は…後ろから、が…いいです…」
顔を見たくない。
俺じゃない人に向ける表情を見たくない。
「わかったよ」
クロノアさんは小さく、返事をした。
─────────────────
どこか他人事のように受け入れていた。
慣れたような熱も、深いところまで入る、この人しか許していないことも。
上がっていく体温に対して、心は冷めていった。
「、ぅ…ぁ…ッ!」
声も我慢して少しでも萎えさせないようにして。
そもそも片手で数えるほどしかこういうことをしてないから、クロノアさんの真意は分からない。
「(俺の声なんか聴いたところで、…いや、こんな柔らかみのない身体なんか触ったところで…)」
ネガティブ思考に陥ってきて、行為自体に集中できない。
「…考え事?」
「ひっ⁈」
耳元で低く囁かれて身体がきゅっと強張る。
顎を掴まれて、クロノアさんの顔が近付いてきた。
「今日のトラゾー、なんか集中できてない」
ぴたりとくっつく素肌。
「クロノアさんの、こと…考えてまし、た…」
嘘ではない。
けど、事実とは異なる。
「…ホントに?」
「はい、っ」
「(一回出されたら終わる。そしたら、帰ろう)」
そして、二度とこういうことで会わないようにしよう。
「クロノアさん…」
「うん?」
「今日だけ、中に出してくれま…せんか…ッ?」
どれだけ頼んでも中に出されたことはない。
理由を聞けば、つらい思いをさせたくないからと言われる。
それが果たして本心なのか、建前なのか、俺には確かめようがない。
「…だめですか…?」
「……うん、ダメだよ」
このやりとりも数えるくらいだけど、なにも変わらない。
「中に出してつらいのトラゾーだよ。俺は、俺1人が気持ち良くなりたくて、こうやってしてるわけじゃない」
「…そ、う…ですね、…」
溢れる涙は快楽による生理的なものだと誤魔化しながら枕に顔を押し付ける。
深いところを突かれて腰が震え、ナカが締まる。
なんとも現金な身体だ。
はしたなくて穢らわしい。
「ぁ、っ、…ん、ぅう、っっ〜〜ッ!!」
びくりと身体が跳ねて自身から白濁を吐き出した。
それと同時に抜かれて腰にクロノアさんの吐き出した白濁がかけられる。
「(終わった、…終わっちゃった)」
「は…ッ、ふ…ぁ…っ」
疲れてないと言えば嘘になるけど、一回で事足りるクロノアさんにとって俺はもう用済みだ。
もう少しだけ、長く触れ合っていたいと思うのは驕りが過ぎる。
震える身体を起こしてベッドから降りようとした。
「、…じゃあ、俺片付けし、ときます、から…。クロノアさん、先にお風呂、どうぞ」
ひとまず腰に出されたモノをタオルで拭く。
息が整ってきたところでん?と顔を上げた。
「……あれ?……クロノアさん…?」
俯いて動かないクロノアさんに声をかける為に近付いて肩に触れる。
「……へ…?」
視界に入るのは薄暗い天井と、俯いた前髪の合間から覗く剣呑とした翡翠色。
ひらりと、俺が手に持っていたタオルがベッドの端っこに落ちた。
「ぇ、あの、クロノアさん…?…もう、終わりですよ…」
「終わり…?」
「だってクロノアさん、一回出したじゃないですか…だから、終わりでしょ…?」
肩を押し返そうとした手を取られてベッドに縫い付けられる。
「は…⁈」
「やっぱり今日のトラゾー変だよ。…俺になんか隠してるの」
変。
「変でも、ないですし…隠してることもないです…」
上から押さえつけられる俺のほうが不利だ。
それにクロノアさんに怪我をさせるわけにいかない。
「とにかく、退けてください。……クロノアさん」
「嫌だ」
「…あなたこそ今日おかしいですよ…。いつもならもう終わりにしてさっさとお風呂に行っちゃうでしょ。どうしたんですか」
珍しいクロノアさんに困りながら、押さえつけられた手をどうにかしようと踠く。
「ちょっと、…離してくださいってば」
「どうして、今日はそんなに離れたがるの」
「…逆に聞きますけど、どうして今日はそんなにしつこくくっついてくるんですか」
クロノアさんらしくない。
「もう終わりです。クロノアさんがお風呂行かないなら俺が先に…、痛゛ッ⁈」
鎖骨の辺りを思いっきり噛まれた。
「は、ッ⁈、な、にし…⁈」
こんな独占欲丸出しみたいな行動。
「……」
クロノアさんの口の端に血がついてる。
血が出るくらい思いきり噛まれたのか。
「、やめ、ろ…ッ」
ぐっと近付く顔に、咄嗟に自分の顔を逸らす。
今更そんなことをされても、俺は半分以上は諦めてる。
繋ぎ止めようとしてるのか気まぐれなのか、クロノアさん相手に乱暴な言葉を使うくらいには混乱していた。
「やめてください。こんなッ、…、子供じみたこと。…クロノアさんらしくないですよ…っ」
嫉妬や独占欲、執着心なんかと無縁そうなこの人は俺を見下ろすだけで何も言わない。
「恋人に痕つけるのは悪いことなの」
「…俺がつけるのは嫌なのに、自分がつけるのはいいんですね。…あ、そうでした。あなたには痕をつけてもいい人がいるんですよね?」
首筋にある赤い痕。
明らかに人がつけたようなモノ。
「これは…」
「あぁ、言わなくていいですよ。俺、その相手のこと興味ないので」
段々寒くなってきた。
早くお風呂に入って温まりたい。
この無駄な会話も早くやめてしまいたい。
「…どうしたら、信じてくれるの」
「信じる?何をですか」
「俺が、…うん、そうだね。…淡白なこと自覚してるよ。それでトラゾーに我慢させてるのも分かってる」
「!」
驚いた。
自覚はしてたのか。
「……無理に変わらなくていいんじゃないです?クロノアさんはそのままでいいと思いますよ」
どんな顔をしてるのか分からない。
「…トラゾーに…きみにそんな顔させてまで、俺は…」
「そんな顔…?」
「悲しくて、つらくて、傷付いて…でも、無理矢理我慢して泣きそうな困った顔」
負の感情煮詰めたアンハッピーセットみたいな言い方された。
「…俺がどんな顔をしてようとあなたには関係のないことです。…だから、クロノアさんが無理に変わる必要だってないですよ」
顔を逸らしたまま壁を見る。
早くこの話が終わらないかと考えながら。
「性格や性分は変えようがないんですから」
どうせ表情ひとつ変わってないんだろうと目線だけクロノアさんに向けた。
「……」
「(なんで)」
どうして。
「クロノアさんが、困った顔してるんですか…?」
「…俺は……」
困った顔のまま固まるクロノアさんの顔を見る。
「……いえ、とりあえず退いてください。寒くなってきたんで俺お風呂行きたいです」
「うん、」
でも退ける気はないようだ。
「その痕をつけてくれた人のとこにでも行って続きをどうぞ」
「これは…」
クロノアさんは口を噤んだ。
「………もうこれ以上、俺のこと惨めにさせないでください」
俺の感じる不安なことなんてどうでもいいと思ってるくせに。
俺のことなんて、好きじゃないくせに。
「今更、どうしたんです?俺が不安になったところでクロノアさんに何か不都合でもあるんですか」
あぁ、嫌だ。
自分自身が。
こうやって人のせいにする最低なところが。
「トラゾー…」
「俺の思ってること言えばあなたは納得するんですか。なら、言いますよ。……不安ですよ、すごく。クロノアさんは淡白だし、こういった触れ合いだってあっさりですし。俺じゃやっぱりダメなんだとか、もう少しだけでも、求めて欲しいとか…。たった一言好きだって言って欲しいとか、確証の持てるなにかが欲しいとか。けど、そんな高望みみたいな我儘を言って困らせたくない。……こんなことを毎日毎日考えて。…こんなことならあなたと付き合うんじゃなかった。前みたいな関係でいたほうがずっとラクで楽しかった。もう嫌なんですよ、こんなことを考える俺自身が」
縫い付けられた手が緩む。
「…クロノアさん、少しの間でしたけど幸せでしたよ。つらいと思うこともありましたけど、それでも俺はあなたの隣にいれたこと嬉しかった」
その隙にクロノアさんの下から抜け出して、フローリングに落ちる服を拾い上げた。
「……それも、今日で終わりです。…じゃあ、お風呂お先に入らせてもらいますね。…そしたら俺帰ります」
合鍵、置いて帰らなきゃな。
背を向けてドアノブを握った瞬間、後ろから引き留められるように抱き締められた。
「…クロノアさん、離してくださいって」
「やだ。…今離したらトラゾー、もう二度とここに来ない気だろ」
「…今生の別れじゃあるまいし。今まで通り配信したり、遊んだりはするんですから」
触れる素肌は冷えてしまっている。
俺の心のように。
「俺を引き留めても、何もいいことないですよ」
「違う」
「さっきも言いましたけど、無理して変わんなくていいと。クロノアさんは今のままでいいんですよ。…おかしいのは俺だけ。そういうことです」
体に回る腕を離そうと掴む。
「…元の関係に戻りましょう」
俺が欲張りで我儘で、クロノアさんの淡白さに耐えられなかっただけだ。
悪いのは俺ひとり。
クロノアさんのせいにすることは、結局できない。
「いやだ」
「…嫌だって……疲れるでしょ。もっと、隣にいたいとか、触って欲しいとか、好きだって言って欲しいとか…そう、求められるの。恋人関係になった人みんながそうじゃないの分かりますし、友達の延長線上みたいな関係の人たちもいますし…」
「トラゾーが傷つくのは嫌だ」
「……だからこそ、あなたと別れようと言ってるんですよ俺は」
「それもいやだ」
「やだやだって…今日のクロノアさん、ホントに子供みたいですよ。いつもの落ち着いたあなたはどうしちゃったんですか」
体に回っていた腕が動いて、噛まれた鎖骨のところを手のひらで撫でられる。
「っ、ちょ…」
「トラゾーと付き合う前、こういうの必要のないことだって思ってた」
「は、…?」
「触れ合いとか、キスとか、セックスとか」
「⁈、クロノアさんの口から聞きたくない単語が…」
肩口に顔を埋めたクロノアさんの声がこもる。
「怖いんだよ」
「怖い……何が、ですか」
「言っただろ。必要のないものと思ってたって」
「あ、あぁ…」
「初めてなんだ。こんなに、ずっと触っていたい、傍にいて欲しい、俺だけのものであって欲しいって思ったのが」
体の向きを変えられて、ドアに押し付けられる。
「……淡白なのは、ホントのことだよ。けど、そう保ってないと俺はきっとトラゾーのこと滅茶苦茶にする。四六時中求めて、俺のことしか考えられなくなるくらい心も身体も縛って……きみがして欲しがってるナカに、孕ませるくらい出してやりたいって」
じっと見られて気まずさで顔を逸らそうとしたら、逸らす前に顔を近付けられた。
というか、さらっと孕ませるとか言わなかったこの人。
「ココにずっと入っていたい。そう言ったらトラゾーのほうが困るだろ」
「ん、ぁっ⁈」
まだ柔らかいソコにクロノアさんの長い指が挿れられる。
敏感になってる身体はビクビクと跳ねた。
「可愛い」
「まっ、…ッ、そこ、お、しちゃッ…だめで、すっ…!」
「トラゾーはココ押されるの好きだもんね。…物足りない思いさせてごめん」
ぐっと押されて大きく跳ねた俺はクロノアさんのお腹に射精してしまった。
「ちょッ…ちょ、っと…まって、ッ、くろのあさ…んン゛!!」
「でも、ココよりコッチのほうが好きだろ」
「ゃっ!…ひぁッ、だめ、ゃあぁ…!」
弱いところの少し上を、グリグリと押される。
急な展開についていけなくて目の前のクロノアさんにしがみついた。
「やだッ!、く、ろのあさんっ、やぁ⁈、だめッで、すってば…っ、おれ、もう、あなたとッ、はぅっ!、こういうこと、する気な…ひン!!」
「俺はいやだって言ったもん」
「もん、じゃねぇッ…ですってば!、⁈、ひゃぁあ…!」
しがみついた目線の先にちょうど赤い痕が目に入る。
「ひぅッ、も、これ…つけた、ひとの!、とこいってくださいって…!」
「え?行っていいの」
試すような声。
ぐらりと揺らぐ思い。
行ってほしくなんかない。
けど、もう嫌な思いはしたくないから。
「ぃ、って…ください…ッ」
絞り出した声はいろんな感情が混じって震えていた。
「そっか。…わかった」