ゲームの最中、俺にはもう無理なようだった。
「ん………」
我慢の限界だ。そう思った瞬間、なんとか咳を押し殺しながら「ごめん」と呟いて平静を装いヘらりと笑ってから皆に告げる。
「…俺、疲れちゃったからちょっと休憩してもいい?」
全員がその言葉に理由も聞かずに同意し、完全にくつろぎモードに入り出していった。
そんな時、ガッチさんがちょんちょんと、俺の肩をつつく。声を出してしまうと咳が出そうなので、小さく首をかしげることにした。
「じゃーん。こんな所に体温計がありま~す。」
「…はぁ。」
「レトさん、試しに体温測らせてくれない?」
バレてる、確実に。しかもその体温計俺んちのだしさ、たまたまあったっぽくしないでよ。
「おねがい」
何と言えばいいんだろう。端的に言うと恐ろしいという言葉がこの人にはぴったりかもしれない。
目の前の人の表情はとても父親風溢れる笑顔をしている。これだから引率ガッチマンは嫌いなんだ。何をしたって、敵いっこないと思わされる。
「んー…」
「レトさんにだから頼めるの。だから…ね?」
煮え切らない気持ちがふつふつと湧くが、それは全てこのおじさんに掻き消されてしまうのだ。
「…なんもおもしろくないと思うけど」
□
ごほっごほって、何回目だろう。熱が見事にあった。39.0度。そんなこと聞きたくなかった。
「水、いる?」
うっしーがわざわざ蓋を開けて心配そうに聞いてくる。ナチュラルな優しさは駄目だようっしー、モテちゃうじゃん。
頭の中で冗談を言ってもしょうがないが、こういうのも少し楽しいかもと柔らかく返事をする。
「うん」
「鼻声ひっでぇ」
たった二文字だけでも気づかれてしまうほどにずびずびな俺の鼻はティッシュを無駄に消費する。こんな時でもけたけたと笑い飛ばしてくれるから不安にならなくて済むので有難い。
絶対口に出す気はないけどね。
けれど、流石にみんなの時間を無理強いまでして延長させることは出来やしない。
「んー…大体はやったけど…流石に早く帰りたいなぁ…。ちょっと外せないこと入れちゃってて……。」
「…あー…俺も。朝からやるから九時半くらいには終わると思って予定入れちゃった。」
これだけは外せないと言わんばかりの困った表情で申し訳なさそうに告げてくる。そんなに謝らなくてもいいのにとグッと親指をあげてやる。
「はい、レトルトさんから承諾いただきましたー」
「それじゃあ……彼氏さんに後は任せましょうかね。」
「え」
そう告げられて振り向くと、「うん」と軽く返事をする輩がごそごそとバックを漁っている。
これから二人きりにさせるんですか、お二人さん。
□
「ほら、寝て?」
ぽすぽすと、俺の気持ちも気にせずにベッドへと誘導してくる。お前はどうして余裕なんだよ。
そこからの作業はあっという間だった。料理はそこまで手は込んでなくとも、食べやすいようにお粥にしてあるし飲み物だってスポドリがきちんと置いてある。
「キヨ君」
「ん?」
「帰らんで大丈夫?」
「今日は心配だから泊まってく。」
「…なるほど」
何というか会話の間がもたない。
風邪で頭が働かないことも原因の一つで、いつもよりも無言の間が心苦しい。
原因の二つ目はまた別のこと。
「…」
一週間ほど前、俺達は交際を始めた。
最近のことなので、「恋人」として二人きりにされると小っ恥ずかしくなってくるのだ。
これが無言の間が心苦しい理由の二つ目。
「う~………」
「大丈夫?寝れる?」
恋人になってからの此奴は甘い、甘すぎる。
俺の目にかかった前髪をさらりとかき分けて覗き込む。距離は十センチもないように思える距離。
キヨ君が口をきゅっと真一文字に結んでこちらを見る。
この目は…初めて手をつないだときの顔と一緒だ。
俺はすっと手でストッパーを作って相手の口に押し当てる。
「…不純性行為」
「んぐっ………。なんで?駄目?」
「いや…駄目というか…お前は初めてのキスがこんな風邪野郎のレトルトさんでいいの?」
「それは嫌だけど…今のはする空気だったじゃん!」
「そんなん知らんし」
ふいっとそっぽを向いて返事をする。俺と此奴はまだ初めてばかりの恋人。それなのに雰囲気に当てられて病人からレモン味を奪おうだなんて脳みそ湧いてんのか。
「…耳真っ赤じゃん」
「……風邪だからだよ」
□
「…やっぱり寝れない。」
「あー…熱全然下がってないよ、これ。冷たいの食べる?」
「ごめん、お願い」
キヨ君ばかりを動かしていている罪悪感から謝罪をし、それでいてお願いをする。
俺は何のための謝罪をしたのかと疑問も出てくるがそんなことは心の中に押し込めておいた。
「はい、りんご。」
「ありがと」
すりりんごが乗ったスプーンを目の前に、身体を起こす。
だが、身体に力が入らず起こすのが精一杯で差し出されているスプーンをぱくりと口に含んだ。
「…んまい」
「れ、レトさ」
「なに」
「今のって、初めてにカウントされないの」
「はぁ?」
「あーん」
その単語を聞いた瞬間、火照った身体の熱が全て顔に集まってきているようにぶわぁっと顔が熱くなっていった。
「……カウントしていい」
「じゃあもう一回。あーん」
「…………ん」
キヨ君の顔からは、あまりにも嬉しそうににやにやを抑えているような甘酸っぱい笑みが零れている。
その顔をまだ見ていたい。よぎる考えを俺は行動に移す。
「美味しい?」
「ん。」
俺も風邪じゃなかったらそんな表情、してしまっていたかもしれない。
甘さしか感じないりんごを頬張って夢の中で彼の表情を思い出として噛み締めた。
fin.
ーーー
ここおそさん、リクエスト有り難うございました!
リクエスト内容に沿えてなければ本当にすいません!
コメント
2件
うわああああああ!!!ありがとうございます!!! 最高すぎる…興奮しすぎてリクエストした内容が風邪ということ以外全部吹っ飛んじゃったから自分がリクエストしたのに褒めるかも!てへぺr((( 最初とぷふぉから始まんの最高すぎるしガッチさんのお父さん感(?)めっちゃ好きだし最終的に彼氏さんに任せるで二人っきりになるのも最高…してキヨが甘々彼氏なのも全部最高…!!もう大好き!!!(?)