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「お嬢様は脚立に上がるのは無しです」
ジャンに言われて、「だったら何を手伝えば?」と小首をかしげるリリアンナへ、「私が上からお渡しした実を、そこのかごへ入れていただけますか?」と返ってきた。
「お安い御用よ」
リリアンナがにこっと笑って見上げた先で、枝のひとつが支柱へ結ばれた紐から少し外れかけているのが目に付いた。
「あら、あそこ……」
思わず背伸びして手を伸ばしかけた、その瞬間だった。
「お嬢様!」
ナディエルが慌てて駆け寄ってくる。
「そのようなことは、私たちにお任せください!」
枝へ手を添えようとしていたリリアンナを、ナディエルがそっと後ろへ下がらせる。
「私、ちょっとそこを直そうと思っただけなのに……」
「いけません! そもそも私、お嬢様にはあそこへ座っていてくださいね、と申し上げていたはずです!」
テラス席を指さされてきっぱりと言われ、思わず瞬きをする。
ナディエルの剣幕に、脚立の上からジャンが苦笑した。
「お嬢様。ナディエルの言いつけを守らずこちらへいらしてたんですか? それはいけませんねぇ」
「えー、ジャンまでナディの味方をするの?」
「はい。なにしろ、ナディエルは旦那様の次にお嬢様贔屓ですからね。彼女がいけないということは、やっちゃダメです」
「そんなぁ!」
「さぁさ、味方はいないってわかったんですから、言い訳はあちらに座ってアップルティーを呑みながらにしてくださいまし!」
ジャンの笑い声を背中に受けながら、ナディエルにガーデンファニチャーの方へ追い立てられる。
その時だった。
「リリー、どうして庭に出てるの?」
聞き慣れた声に振り向く。
「ランディ!」
執務の途中だったのだろう。
手に書簡を数通抱えたランディリックが、大股でこちらへ近づいてくるところだった。
「聞いて、ランディ。私、ジャンのお手伝いをしようと思ったの。なのにナディが駄目だって言うの!」
「当然だ」
あまりにも即答だった。
リリアンナは小さく頬を膨らませる。
「支柱から外れかけた枝を少し直そうとしただけだし……。あとはジャンがもいだ実を受け取って、かごへ入れるお手伝いをしようと思っただけなのよ?」
「お嬢様、そんなことまでなさろうとしてらしたんですか!?」
言うと同時にナディエルが素っ頓狂な声を上げ、ランディリックが吐息を落とした。
「ホントにキミは……。昔から、自分を過信しすぎる」
「そんなこと……」
「ある」
迷いのない返事だった。ナディエルも、すぐそばで大きくうなずいているし、ジャンに至っては脚立から降りて「申し訳ありません、旦那様」と謝る始末。
「ここには私の味方は一人もいないの?」
恨めしそうに三人を見回すリリアンナに、ランディリックは「残念ながら」と答え、ナディエルは首を横に振る。ジャンは、城主の意向に背いてしまったような気持ちだったのだろう。顔を上げられず、なおも深く頭を垂れていた。
「リリー。キミの安全を守るのが皆の総意だと分かってほしい」
「少しくらい動いても平気なのに」
小さく零すと、ランディリックが距離を詰めてくる。
そのままリリアンナの前へ立ち、そっと両肩へ手を添えた。
「リリー」
紫水晶の瞳が真っ直ぐ見つめてくる。
「出来ることと、やっていいことは別だ」
「……」
そうしてリリアンナの耳元へ唇を寄せると、リリアンナにだけ聞こえる声量で
「今はキミ一人の身体じゃない」
とささやく。
その一言に、リリアンナは思わず腹部へ手を添えた。
まだ何も変わっていない。
お腹も平らなまま。
それでも、この中には小さな命が宿っている。
体調だって、今は少しいいけれど、ずっとそうだとは限らない。
「……分かったわ」
そう答えると、ランディリックはようやく安心したように微笑んだ。
「ありがとう、リリー」
その笑顔を見ていると、不思議と反論する気持ちは消えていく。
以前の自分なら、こんなふうに誰かへ気遣われることを申し訳なく思っていたかもしれない。
でも、今は違う。
ランディリックは、リリアンナの知らないところでも、いつだって彼女のことを想ってくれていた。
王都から戻る日を見越して実らせたミチュポムも、そのひとつだったのだろう。
ランディリックの優しさに触れるたび、この城にいたいという想いは強くなる。
――けれど。
その願いを叶えるには、まだ越えなければならない壁が残っていた。
コメント
1件
おお、リリアンナがみんなに全力で止められてるのめっちゃ微笑ましかった(笑)「私の味方はいないの?」って顔に、ランディリックが耳元で「一人の身体じゃない」って…そこからの腹部に手をやる仕草、ズルいわ。最後の「壁」も気になるし、この家族の空気感が尊すぎてにやけるわね🔥