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ただいま

4 - 第4話

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2025年04月10日

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どこか遠くで、誰かが僕を呼んでいる。けれどその声は、ざらついたノイズに飲まれて、言葉の輪郭すら掴めなかった。



どこまでも薄暗く、足元が見えない空間。

壁も天井もなくて、ただひたすらに静かで、寒い。

いや、寒いというより、温度がない。僕だけがここに取り残されていて、時間も空気も、何一つ動いていない。


「……やめて……」


どこからか聞こえた泣き声に、心臓がドクンと脈打つ。

あれは、僕の声だ。

震えるような、幼い僕の声。

見えない誰かに追い詰められて、逃げ場を失っている。

息が苦しくて、背中が熱くて、胸の奥がひりついていた。


「違う、僕じゃない……僕は……」


けど、声は届かない。

否定すればするほど、自分が何者か分からなくなっていく。

記憶が剥がれていくような、名前も感情も空っぽになっていくような、底なしの恐怖。


「助けてよ……誰か……」


声を上げた瞬間、暗闇の中で何かが砕けた。

その音が引き金になって、世界が急激に色を取り戻していく。


熱。痛み。息苦しさ。


「っ……あ、……」


喉の奥から掠れた声が漏れた。

瞼の裏がじんじんと熱くて、目を開けようとしてもなかなか開かない。

頭の中に詰まっていた霧が、少しずつ晴れていく感覚。

ようやく、世界の輪郭が戻ってきた。


けれど、まず感じたのは、眩しさだった。

白い光が網膜を突き刺すようで、思わず顔を背けたくなる。

ゆっくりと、視界が焦点を結び始める。


白い天井。規則的な機械の音。清潔なシーツの匂い。



病院だ。そう思った瞬間、全身の力が抜けた。


「……もとき……!」


耳元で、涼ちゃんの声が聞こえた。

焦りと安堵が入り混じったような声だった。

視線を向けようとして、首に鈍い痛みが走る。

けれど、その先に確かに涼ちゃんの顔があった。目が赤く腫れている。


「やっと……目、覚ました……っ」


「無理しないで。ナース呼ぶ」


今度は若井の声。

落ち着いているようで、その実、彼なりに緊張しているのが分かるトーンだった。


「……なんで……ここに……」


かすれた声で、僕はそう問うた。

喉がひどく乾いていて、言葉を発するのも一苦労だった。


「LINEも既読つかないし、嫌な予感してさ。 家の合鍵、使って……中入ったら、元貴が倒れてた」


「そっか…見つけてくれんだね」


若井が淡々と説明してくれて、その目はしっかりと僕を見ていた。


「当たり前でしょ……! どれだけ心配したか……!」


涼ちゃんが僕の手を握りながら言う、その手が小刻みに震えているのがわかる。


「……ごめん、迷惑かけたね…」


それしか、言えなかった。

迷惑かけたこと、心配させたこと、全部ちゃんと伝えたいのに、言葉が出てこなかった。


「迷惑とかじゃないよ。元貴が、いなくなるのが怖かっただけ…… バカだよ、元貴……。

もっと早く言ってくれれば、僕ら……」


言葉の続きを、涼ちゃんは口にできなかった。

でも、その目に浮かぶものが、すべてを物語っていた。


こんなふうに、誰かの気配がそばにあるのが、久しぶりすぎて。

それだけで、心がじんわりと温かくなっていく。


ひとりじゃない。

あの夢みたいな、終わりのない闇から、ようやく引き戻された気がした。

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