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「座長、逃げてください!」「僕たちは一蓮托生じゃないですか!」
トロン、第一城壁内南部。ユリ・ダリ通りの見世物小屋にて、黒猫一座が問答を重ねていた。
座長と呼ばれた初老の男は痩せているのに目ばかりが輝いている。
「いや、これは俺の責任だ。お前達だけでも逃げろ」
「そんな」
劇団員たちは老若男女様々だったが、比較的食い詰めていそうな若い者が多い。
座長は「俺は老いた。だが、お前達には未来がある」などと、カッコイイことを言っている。
「こんな時まで格好つけないでください」「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」「早く逃げないと手遅れになりますよ」
「しかし、しかしなぁ」
黒猫一座はトロンでも評判な劇団だ。
現在、トロンでもっとも有名な劇『ランバルドから来た悪役令嬢』を最初に上演した劇団として今も名を馳せている。
内容は和平の象徴として嫁いで来た敵国ランバルドの令嬢がワガママを言う度に、トロンに金が流れ、街が豊かになっていくというものだ。
上流階級のゴシップは民草の溜飲を下げるいい笑い話になる。おかげで連日劇は盛況で、黒猫一座はよく儲けた。儲けたといってもそもそも劇というのはそう稼げるものではない、劇団としては儲かったというくらいだ。
本当に稼いでいるのはそこにかこつけて商品を出している商人連中の方である。今ではあちこちで勝手に令嬢グッズが作られ、そこかしこで売られていた。
しかし、この手のものには問題がある。
本来逆らうことができない王侯貴族を当て擦り、溜飲を下げるということは。彼らが本気を出したら潰されるということだ。
そのため、脚本には配慮に配慮を重ね。確かにランバルドの令嬢は悪だが、それは必要悪であり、そのワガママによって我々は今日も平穏を享受しているのだということを強調してきたつもりだった。
しかし、王侯貴族が納得してくれるかどうかは、その時々と人によるとしか言いようがない。
座長は震える手で羊皮紙を広げた。
召喚状である。
盛況なる黒猫一座に折り入って話があるので、不在城にこられたし。
来ない場合はこの期日にこちらから出向く。
概ねそのような意味の格式張った言葉が丁寧に書かれていた。
召喚は無視している。アベル王子がやってくるのが今日の夕方、今は昼である。
(終わった……。絶対首を刎ねられる……)
この召喚状が届く少し前、第一城壁内に墓碑が建てられた。
墓にはこう書かれている。
『黒猫、ここに眠る』
俺達を殺して埋める気じゃん。行くわけないだろ!!
心配になって墓掘りに聞いてみたが、特に猫を埋めたりとかはしていないらしい。確定だ。あの悪役令嬢は俺達一座を墓に詰め、時折眺めて悦には入るつもりなんだ!! マジでワルだな!!
時は一刻一刻と過ぎて行く。
団員達は逃げろ逃げろとやかましい。
「ええいもう、俺が罪を引き受けなければお前達にも追手がかかるだろうが!」
「座長の命ごときで諦めてくれると思いますかァ!?」
「黙れ、俺の命は重いんだよォ!!」
長いこと劇をやっているからか、本気で喧嘩をしていてもどこか喜劇めいてしまう。
どうやら人間、命がかかるとどうにか恐怖をごまかそうとしてしまうらしい。
しかし、そんなことをしても問題が解決するわけではない。
押し問答をし、無理矢理連れて行こうとし、されど抵抗しを繰り返しているうちに夕方になってしまった。
ここまでくると座長も劇団員たちも開き直って、もうどうにでもなれという気持ちになる。どうせならアベル王子に逆らって、みんなで墓に埋まってやろうではないか。悪さをすると最後には裁かれるのだという寓話的なオチもついて、それはそれで面白くなりそうな気がした。
逃げようと思えば誰だって逃げられるのに、それでも残るというのだから黒猫一座は筋金入りである。
物語に脳を焼かれたイカれたやつらでなければ、王侯貴族を当て擦った劇なんてやらないのかもしれなかった。
外で馬車が止まり、従者が芝居小屋の戸を叩く。
とうとう時がやってきた。