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先生は玄関の前で腕を組み、何かを考えているようだった。
「……お前、まだ顔色悪いぞ」
「そ、そんなことないです」
強がって笑おうとしたけど、先生の視線がそれを許さない。
「はぁ……」とため息をつくと、先生は玄関脇の階段に腰を下ろした。
「少しだけだぞ。親が帰ってくるまで」
「……はい」
言葉はそっけないのに、横顔は思ったより柔らかく見える。
数分の沈黙。
遠くで虫の声が響き、街灯が二人を照らしていた。
先生はポケットからペットボトルの水を出し、無言で差し出す。
「飲め」
「ありがとうございます」
水を受け取りながら、ふと気づく。
嫌いだったはずのこの人の隣が――今は、不思議と心地いい。
翌朝、教室に入ると、すでに先生が黒板に板書をしていた。
「……おはようございます」
自分でも驚くくらい、声が小さい。
普段ならそっけなく挨拶を返すはずなのに、先生はちらりとこちらを見て、少しだけ口角を上げた。
「おう」
その一言だけで、なぜか胸が少し熱くなる。
授業が始まっても、内容より先生の手元や声ばかりに意識がいく。
昨日、あの低い声で「困ったら声出せ」って言われた瞬間が何度もよみがえってきた。
放課後、廊下ですれ違ったときも――
「昨日は、ちゃんと家まで入ったのか」
「……はい」
「ならいい」
たったそれだけの会話なのに、変に鼓動が早まる。
――おかしい。嫌いだったはずなのに。
あの冷たい目も、鋭い声も、もう怖くない。
むしろ、少し安心する自分がいる。
教室に戻り、机に突っ伏しながらため息をつく。
「……なんなんだろ」
まだ答えは出ない。
でも、昨日の背中の温もりと、耳元で響いた声は、しばらく忘れられそうになかった。
第6話
ー完ー