閉店作業はおおよそ順調に進んでいた。
しかし、事件というものは必ず起きるのだ。
(何故こんな事になってしまったのだろうか)
レジを必死にさばきながら、麗は後ろにぞろぞろといる会社の偉いおじさん達に姉でもないのに指示を出していた。
今、あの客が全くいなかったころが嘘のように繁盛している。
クリスマスにチキンを売っているかのごとく忙しいのだ。
ことの発端は、勿論明彦だ。
明彦が、突然、連絡もなしに閉店作業の進行確認と接客の手伝いに来たので麗は驚いた。
曰く、普段の現場を知らなければ消費者のニーズも現場のニーズも掴めないとのことだ。
そこに、明彦の動向にビクビクする可哀想な副社長がついてきたのだ。
そのうえ、ロックンローラーの営業部長ものっかり、営業部長が更に三ハゲを連れてきて、三ハゲがローン常務に声をかけ、更に……と、繋がっていったらしい結果、今日、工場長と来客の予定のあった人以外の偉いおじさん達が急遽店に来て、接客をすることになった。
実に日本人らしい団体行動の美学である。
元々は閑散とした店だ。
しかし、従業員のほうが客より多かったのは一瞬だった。
急に、店舗に客が増えだしたのだ。
それはなぜか、麗はすぐに理由に気づいた。
明彦が店頭に立っているからだ。
明彦が動くと、店内の空気が動く。
姪っ子にこのトップスはどうですかね? と大学生っぽい女の子が明彦に話しかけ、勧められるがままそのトップスに合うズボンまで買っていく。
そして、一歩踏み出すと、お姫様ポーズをした少女に試着しているワンピースをこれかわいいでしょ? と聞かれ、明彦が笑って褒めると、高いと渋っていた若い母親が購入を決める。
もう一歩前に出ると、若い女性に生まれたばかりの甥っ子へのプレゼントにロンパースがいいと思うのですが、サイズはどうしたらいいですか? と、相談され、長く使えるからと明彦がロンパースの三倍の値段がする羽織りものを薦め、女性は即決する。
そう、明彦の周りに人集りが出来ているのだ。次から次へと明彦に接客を受けたい女性が突っ込んでいく。
問題は、偉いおじさん達だ。
麗は溜め息をつきたかった。
(このおっさんども、店舗ではほぼ無力どころか邪魔だわ)
麗は石田さんにバックヤードに呼び出され、「あいつらどうにかして」と、頼まれたくらいには役立たずなのだ。
商品の場所を聞かれて答えられないのはまだいい。たまの視察程度ではわからないだろう。
だが、お会計ができないのは痛い。
レジが使えないのは仕方がないとしても、プレゼント需要が高い我が社でラッピングができないのは致命的だ。
ただし、家庭内での地位ゆえか畳むのは皆上手いので、ただひたすらレジをしているパートのお姉さま方の横で商品を畳んでもらっている。
そして、明彦はまだ……、接客をしていた。
いや、接客というよりこれは、バイヤーが薦め、演者がわざとらしく驚き、観客が歓声を上げる、完璧に構成された古き良きテレビショッピングを見ているかのようだ。
そうして、レジを必死にさばきながら三ハゲの一人が、呟いたのだった。
男はやっぱり、髪の毛なんだね、と。
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