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「……ふぅ。これで、全部かな」
週末、私は高瀬くんに付き添われ、数日ぶりに自分のマンションへと戻っていた。
目的は、この部屋に残っている「あの男」の痕跡をすべて消し去ること。
リビングには、中身を空にした段ボールが並んでいる。
宏太が無理やり置いていった私物
二人で使っていた食器、彼に「似合う」と強要されて買った地味な服……。
一つひとつ手に取るたび、当時の息苦しさが蘇りそうになる。
「先輩、無理しないでくださいね。俺がやりますから」
高瀬くんは私の表情の陰りを見逃さず、重い段ボールを軽々と持ち上げて玄関へと運んでいく。
「……大丈夫。自分の手で片付けないと、前に進めない気がするもの」
私はクローゼットの奥から、ボロボロになった一冊のノートを取り出した。
宏太の機嫌を損ねないための「ルール」を書き留めていた、屈辱の記録。
それをゴミ袋に入れようとした時、指先が微かに震えた。
「……っ、」
「──凛さん、貸して」
いつの間にか隣にいた高瀬くんが、私の手からそっとそのノートを取り上げた。
彼はそれをゴミ袋の底深くへ沈めると、上からガムテープをバツ印に貼り、完全に封印した。
「これでもう、あいつが先輩の時間を奪うことはできませんから」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた何かが音を立てて切れた。
ガランとしたリビング。
かつては恐怖で満たされていたこの空間が、今は空っぽで、どこか寂しくて、でも驚くほど清々しい。
「……私、ずっとこの部屋で、あいつの影に怯えて生きていくんだと思ってた」
床に座り込んだ私の肩を、高瀬くんが優しく抱き寄せた。
リハビリの成果か、彼の温もりが今は一番の安心材料になっている。
「ならこれからは、新しい思い出で部屋をいっぱいにしましょう」
高瀬くんは部屋を見渡し、楽しそうに笑った。
「ここに、俺が買ってきた明るい色のクッションを置いて。キッチンには、二人で選んだ新しいマグカップを並べて……。あいつの灰色なんか、一瞬で塗りつぶしちゃいましょうよ」
「……ふふ、何よそれ…私の部屋なのに、あなたの趣味に染めるつもり?」
「ダメですか? 俺、先輩の生活の隅々までお邪魔する気満々なんですけど」
いたずらっぽく笑う彼の瞳を見て、私は初めて、自分の部屋で心から笑えた気がした。
空っぽになった部屋に、未来の話が響く。
捨てたゴミ袋の山は、私の過去の墓標。
そして目の前にある高瀬くんの笑顔は、私の新しい世界の入り口だった。
おまる