俺たちが、アパートに戻ると留守番組が晩ごはんの準備をして待っていた。
今日は『にゃんカツ』らしい。なんの肉か気になったため、ミノリ(吸血鬼)に訊《き》くと、ライチーターという体にライチの実がなるチーターの肉だと言った。
この世界の動植物は、独自の進化を遂《と》げている。まるで『ト〇コ』の世界のようだ。
俺たち冒険組はちゃぶ台の周りに座って、晩ごはんを食べ始めた。
____晩ごはんが済むと、俺はメルク(ハーフエルフ)も旅に同行させることをみんなに報告した。
すると、彼女らはメルク(ハーフエルフ)の方を一斉に凝視《ぎょうし》した。
まるで、体の外側と内側を調べるかのように。
数秒後。それが済むと、今度は俺の方を向いた。
「な、なんだ? 俺の顔になんかついてるか?」
『………………』
「な、なんだよ……」
『……………………』
「お、おーい、生きてますかー?」
その直後、複数の何かが目にも留まらぬ速さで移動した。
そのすごさは俺がびっくりした拍子《ひょうし》にその場で硬直《こうちょく》してしまうほどのものだった。
俺が硬直しているのにもかかわらず、複数の何かは俺の体に自分たちの体を密着《みっちゃく》させてきた。
「え、えーっと、これはいったいどういうことなんだ? 誰《だれ》か説明してくれ」
俺がそう言うと、ミノリ(吸血鬼)が説明し始めた。
「別に説明する必要はないと思ったけど、あんたが理解できてないみたいだから説明するわね」
「ああ、よろしく頼む」
「それじゃあ、簡単に説明するわね」
「お、おう」
「あたしたちがこんなことをしている理由……それはズバリ! あんたのエキスを補充《ほじゅう》しているからよ!」
「……は?」
「だーかーらー! あんたの成分、つまり『ナオトエキス』を補充《ほじゅう》してるのよ!」
ナオト……エキス? なんだそれ? 俺の体の中にしか存在しない未知の物質か?
説明しよう……。『ナオトエキス』とは、彼の体に密着《みっちゃく》することで得ることができるプラスのエネルギー、つまり温《ぬく》もりのことである!
ちなみに、ここに住んでいる彼女らは彼の温もりが欲《ほ》しくて毎晩、誰が彼と寝《ね》るかで議論している。
しかし、彼女らは彼のことに関しては一切、譲《ゆず》る気がないため結局決まらないのである。
「なるほど、そういうことか。けど、そろそろ終わりにしてもらえると嬉《うれ》しいな」
すると、彼女らはこう言った。
『あと、五時間ー』
「おい、それは、あと五分の間違いだろ! というかいい加減に離《はな》れろー!」
俺が必死に離《はな》そうとするが、彼女らの握力《あくりょく》が凄《すご》すぎて一向に離《はな》れなかった。
その時、俺がふと、窓《まど》を見ると、外が暗くなっていた。
「お、おい、お前ら。外見てみろよ。もう夜だぞ?」
ミノリ(吸血鬼)は。
「それがどうしたっていうの?」
「いや、その……風呂《ふろ》に入りたいから離《はな》れてくれないか?」
「……はぁ……仕方ないわね。みんなー、一旦《いったん》ナオトから離《はな》れるわよー」
『はーい』
全員がそう言いながら、ようやく俺から離《はな》れてくれた。はぁ、よかった。ずっとあのままの体勢《たいせい》だったら、どうなっていたことか。
まあ、何はともあれ離《はな》れてくれたから良しとするか。俺は、そう思いながら、風呂《ふろ》場に向かった。
(彼女らは水が弱点なので風呂《ふろ》に入れない。しかし、その代わりに風呂《ふろ》に入らなくていい。なぜなら、汚《よご》れを弾《はじ》く薄《うす》い膜《まく》に覆《おお》われているからだ。だが『例の火山』の温泉のようなところなら入れる)
「……暴走……するんだよな? あいつら……。うーん、でも何で毎月十五日の満月の夜に暴走するんだ? 満月の光を浴びると変身するわけでもないのに。はぁ……モンスターチルドレンの体の構造はよく分からないなー」
俺が湯船に浸《つ》かりながら、そんなことを考えていると。
「そんなこと言わずに、もっと私たちに関心を持ってくださいよー」
「いや、そうは言ってもだな……って、あれ? 今の誰《だれ》の声だ?」
あたりを見渡すが、人の気配はなかった。人の気配は。
「兄さん、どこを探してるんですか? 湯船《ゆぶね》に浸《つ》かった時から、私は兄さんの頭の上にいますよ」
「えっ? 俺の頭の上?」
「はい、そうです。軽すぎて分からなかったですか?」
「俺の頭に乗れるやつはチエミぐらいしかいないと思うが、その口調から察するに、お前はチエミじゃないな?」
※チエミ(体長十五センチほどの妖精)。
「はい、そうです。私はチエミさんではありません。では、私はいったい誰《だれ》でしょう!」
「クイズか。何か賞品はあるのか?」
「そうですねー、じゃあ、正解したら背中を流し合いっこできる権利を与えましょう!」
「……そうか。うーん、誰かなー」
「三分間、待ってあげます!」
どこぞやの大佐のセリフを言っていたが、俺はそれを無視して、考え始めた。
頭に乗っていたのにもかかわらず、俺が気づかないくらい軽いやつなんていたかなー?
でも、俺のことを知っているということは、この家にいる誰《だれ》かだよな。
よし、まあ、とりあえず俺がこの世界に来る前に出会ったモンスターチルドレンの名前を挙げていくか。
ミノリ(吸血鬼)。
マナミ(茶髪ショートの獣人《ネコ》)。
シオリ(白髪ロングの獣人《ネコ》)。
ツキネ(変身型スライム)。
コユリ(本物の天使)。
ん? 待てよ。変身型スライムなら、自分の体を好きなように変えられるんじゃないか?
あくまでも予想だが、確信はある。よし、言ってみよう。
俺は思い切って、彼女にこう言った。
「お前は……ツキネだな?」
数秒の沈黙の後《のち》。
「ピンポーン! 大正解でーす! 兄さんなら、答えられると信じていましたよ!」
「そうか。なら、早く頭の上から下りてくれないか? というか、お前は水に触《ふ》れても大丈夫なのか?」
「はい! ツキネは大丈夫です!」
「それは『か〇これ』の『は〇な』のマネか?」
「な、なんのことですか? ツ、ツキネに落ち度でも?」
今のは『か〇これ』の『し〇ぬい』のマネだな。
「……前から思っていたが、お前らのそういう知識はどこから……いや、誰《だれ》から教わったんだ?」
「さ、さぁ? 誰からでしょうねー?」
「……うーん、まあ、今はいいよ。いずれ分かることだから」
「は、はい、ありがとうございます」
「……で? 背中を……その……流し合いっこするのか?」
「え? あっ、そういえば、そうでしたね。すっかり忘れてました」
「忘れてましたって、お前な……。まあ、いいや。それより、早く下りてくれないか?」
「あっ! はい! すみません!」
ツキネ(変身型スライム)は、そう言うと、俺の頭からいなくなった。
「さて、やりますか……って、あれ? おーい、ツキネー。どこにいるんだー?」
俺が湯船から出て、ツキネを探していると、足元から声が聞こえた。
「兄さーん! 私はここですよー! ここー!」
俺が声のした方を見ると、直径二十センチほどの水色の液体の塊《かたまり》が円と楕円《だえん》の間の形になって、フヨン、フヨンと動いていた。
「なんだ? このスライムは……。いったい、どこから……って、お前、もしかしてツキネ……なのか?」
「はい! そうです! スライム型モンスターチルドレン製造番号《ナンバー》 一の『ツキネ』です!」
「えっと、それがお前の真の姿なのか?」
「いえ、少し違います」
「そうか」
「はい! まあ、今はそんなことはどうでもいいんですけどね」
「いいのかよ」
「それよりも、早く背中を流し合いっこしましょうよ!」
「悪い、ちょっと待ってくれ」
「何ですか? 何か不満でもあるんですか?」
「いや、不満というか、お前はスライムなんだよな?」
「はい! 変身型スライムです!」
「水に濡《ぬ》れても大丈夫なんだよな?」
「問題ありません! この姿になるだけです!」
「水はモンスターチルドレンにとって弱点じゃないのか?」
「ご安心を! 私の体の九九・九九パーセントは水でできているので問題ありません!」
「そうなのか。というか、脳みそはちゃんとあるのか?」
「失礼ですね! ちゃんとありますよ! まあ、私の体、そのものが脳みそのようなものですけどね」
「そ、そうか」
「はい! そうです!」
「うーん、でも、その姿のままだと背中を流し合うのは無理だろ?」
「兄さん!」
「な、なんだ?」
「無理と疲れたと面倒くさいを今後一切、私の前で言わないでください!」
「えーっと、お前はシャーロック・ホームズ四世である神〇・H・アリアさんか?」
「いえ、違います……って、今はそんなことどうでもいいです!」
どうでもいいのか。
「というか、兄さんは『緋〇のアリア』の見過ぎです!」
「えっ? そうかな?」
「そうですよ! 今は、私と話しているのですから私と話してください!」
話題を出したのはお前だったような気がするが……まあ、いいか。
「兄さん、聞いてますか?」
「ああ、聞いてる、聞いてる。で、なんだっけ?」
「私と兄さんは背中を流し合いっこできる! ということについてです!」
「ああ、そうだったな。それで? 具体的にはどうするんだ?」
「それはですねー」
「うんうん」
「兄さんは、少し目を閉じていてください」
「ん? あ、ああ、分かった」
俺は目を閉じて、ツキネ(変身型スライム)がいいと言うまで待った。そして……。
「もういいですよー!」
ツキネの声がしたため、目を開けてみた。すると、そこには。
「えーっと、どちらさまですか?」
「えー! どう見ても私じゃないですかー!」
「いや、でもな」
分かりやすく言うと、全身水色で髪は腰《こし》の少し下のあたりまである幼女がそこにいた。
先ほどまで、そこにはフヨン、フヨンとしていたスライムがいた場所に。
誰《だれ》だって先ほどまでスライムだったやつが幼女の姿になって現《あらわ》れたら驚《おどろ》くと思う。
俺だって、体は化け物じみていっているとはいえ、心は普通の人間なのだ。そういうのは察してほしい。
俺がそんなことを考えていると、ツキネ(変身型スライム)は俺の右手を両手で握《にぎ》ってきた。
「ん? どうしたんだ? ツキネ。急に手なんか握《にぎ》って」
ツキネは、俺の手をまるで産まれたての赤子を見るような目で見ながら、こう言った。
「相変わらず、兄さんの手はとても触《さわ》り心地がいいですねー。あー、このまま私のものにしたいぐらいですー。さすさすー♪」
「え、えーっと、お前、大丈夫か? なんか少し顔が赤いぞ?」
「えー、そんなことないれすよー」
「いや、しゃべり方もおかしいぞ? 本当に大丈夫か?」
「大丈夫れすってー。んふふー」
うーん、これはまずいな。明らかに様子がおかしい。
いつからだ? いや、おそらく風呂《ふろ》に入ってきた時から、そういう兆候《ちょうこう》はあったはずだ。
だが、ツキネ自身もそれに気づかなかった。なぜだ? まさか、今日がモンスターチルドレンが暴走する日だからか?
「兄さーん!」
「うわっ! ちょ! おま! いきなり何すんだ! 離《はな》せ!」
俺がそんなことを考えているとツキネ(変身型スライム)が、いきなり俺に抱きついてきて、そのまま俺を押し倒した。
「兄さーん、好きれすー」
「こ、こら! 引っ付くな!」
俺が抵抗《ていこう》すると、ツキネは。
「ダーメーれーすー! 兄さんは私のものれすー!」
俺を離《はな》すどころか、さらにきつく俺を抱きしめた。
ま、まずい! ツキネの柔肌《やわはだ》が直接俺の体に当たって! や、やばい! このままでは俺がどうにかなってしまう! 何か! 何かいい方法はないか! 考えろ! 俺!
俺が必死に考えていると、ツキネはいつのまにかスウスウと寝息《ねいき》を立てていた。
俺がツキネの顔を見ると、ツキネは幸せそうな表情を浮かべながら眠《ねむ》っていた。
「んふふー、兄さーん、好きー」
「……えっと、助かった……のか?」
ツキネ(変身型スライム)は完全に俺に身を預けている。
まったく、信用しすぎにもほどがあるぞ。俺がお前を襲《おそ》わないとは限らないのに。
「兄さーん、愛してるー」
「……幼女に好かれるのには慣《な》れたが、理性を保《たも》つのには慣《な》れないな。よいしょ……っと」
俺はツキネを抱きかかえると頭をそっと撫《な》でてから、風呂場を出た。
俺は自分とツキネの体をタオルで拭《ふ》くと俺は寝巻きに着替えた。
ツキネの体にはタオルを巻いた。
その後、俺はみんながいるところまで、ツキネをおんぶで運んだ。
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