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シャインと同じベッドで寝るのは当然ながら緊張したが、それ以上に疲れていたレイニルはすぐに眠ってしまった。
朝、目が覚めると同時にぼやけた視界に映り込んだのは、シャインの整った美しい顔と閉じた瞼だった。
「……っ!!」
レイニルは思わず声を上げそうになったが寸前で飲み込んだ。それに身動きが取れない。
レイニルの体はガッチリとシャインの体に包まれていた……まるで抱き枕のように。全身に伝わる呼吸と鼓動のリズムが穏やかで心地よい。
逆にレイニルの鼓動はどんどん速くなって、このままでは心臓に悪い。
……かと思うと、いつの間にかシャインの金色の瞳がレイニルを捉えていた。
「……あ、陛下、おはようございます……」
「あと29日だ」
「え?」
シャインはレイニルの薄い金色の長い髪を撫でながら抱きしめる力を強めてくる。抱擁なんて優しいものではない、これはホールドだ。
「あと29日で雨が降らなかったら離婚だ。どうだ、嫌だろう?」
「…………」
このふざけた笑いと口調はシャインの誘導だ。嫌だと言ってしまえば負け。これは愛したら負けの勝負なのだから。
嘘でも『愛している』と言ってしまえば妃のままでいられる。でも、嘘の愛で得られるのは嘘の幸せでしかない。
それはシャインにも言える。彼にとって契約結婚は娯楽であり、おそらく本気でレイニルを愛してはいない。
だからこそ、レイニルは思った。
(……夫婦を続けるならば、陛下も本気で私を愛してほしい)
娯楽のゲームだというならば、それに乗るまで。シャインがレイニルを落としにかかるなら、レイニルもシャインを落としにかかる。
「陛下……いえ、シャイン」
突然の呼び捨てにシャインの金色の瞳が丸く見開かれる。効果は抜群のようだ。
「覚悟してくださいね? 雨女が勝ちますから」
吹っ切れたレイニルは、堂々とした笑顔で宣戦布告を言い渡した。
シャインが公務中の間は、レイニルは自由時間となる。結婚しても30日間はお試し期間みたいなものなのか、仕事や勉強などを強制される事はなかった。
(30日で離婚する可能性があるなら当然か……)
そんな寂しさを胸にレイニルが中庭に出て昼の空を見上げると、今日も晴天。雨女の能力はどこに消えてしまったのだろうか。
あんなに忌み嫌われていた雨の能力なのに、今は雨が降らない事に焦りを感じ始めている。それはシャインの期待を背負っているからなのか。
自由時間は色々と考えてしまって逆に辛い。何かに没頭していた方が気が紛れる気がした。
ふと花壇を見ると、ジョウロを持って水やりをしている侍女と目が合った。
「レイニル様、こんにちは」
侍女が愛想のいい笑顔で会釈をしたので、レイニルも同じように会釈を返す。
「こんにちは。あの、お水って、どうしてるの?」
これはレイニルがこの国に来てから疑問に思っていた事だった。30日も雨が降らないような国だから間違いなく水不足だと思っていた。
それなのに食事や飲料や入浴、全てにおいて水は普通に使われていた。
「はい。お水は、お隣のアメリア国からの輸入がほとんどです」
「そうなの……? 知らなかった……」
レイニルは地下牢暮らしだったので国の事情は全く知らない。確かにアメリア国は雨が多い国だから、雨の降らない枯渇したサンディ国は良い商売相手だろう。
そういう意味でも交流が深い2国だから、姉のローサとヘリオス殿下の縁談があっても不思議ではない。
その時、レイニルの背後に誰かが立っている事に気付いた侍女は驚いた顔をしてジョウロを両手で握りしめた。
「ヘリオス様……!」
「え?」
レイニルが背後を向くと、そこにはシャイン……にそっくりな双子の弟・ヘリオスが笑顔で立っていた。
侍女は何かを察して深くお辞儀をすると、そのまま早足で立ち去った。
ヘリオスは少し屈むとレイニルに視線を近付けて意地悪そうに笑った。
「よぉ、また会ったな雨女」
「…………」
レイニルは無言で睨みつける。いや、見定めている。この人は本当にシャインではなくヘリオスなのだろうかと、疑うくらいに似ている。
シャインならこんなに意地悪な顔はしないし、何よりも口が悪い。そして、昨日のキスを忘れもしない。
レイニルは少し距離を取って淑女らしいお辞儀をしてみせる。雨女である以前に今は王妃だ。
「初めまして、殿下。私はレイニルと申します」
本当は『初めまして』ではないが、形式上の挨拶をした。対するヘリオスも紳士らしい一礼をする。
「オレはヘリオス。国王シャインの双子の弟だ。しかしお前、本当にローサちゃんに似てるよな」
今度はヘリオスがじろじろとレイニルを見定めるようにして目線を動かしている。
レイニルに自覚はないが、姉のローサの髪の色より少し薄いが瞳の色は同じだし、歳も1つ違いなので似ているかもしれない。
「もしかして昨日、私を姉と見間違えたのですか?」
「そんな訳ねーだろ、婚約者と見間違えるかって」
やはりヘリオスは口が悪い。仮にもレイニルは王妃だがお構いなしの態度でいる。悪意ではなく元からそういう性格と口調なのだろう。
しかし、ヘリオスはローサの婚約者。それなのにレイニルに突然のキスをしてきた理由が分からない。単にチャラいのだろうか。
「あの、殿下には婚約者がいますし、私も人妻です。ああいうのは、やめた方がいいかと……思います」
レイニルは控えめに慎重に伝えたつもりだった。ヘリオスは行動が読めない怖さがあり警戒してしまう。
しかしヘリオスは悪びれる様子もなく笑顔で距離を詰めてくる。そのオレンジの髪も金色の瞳もシャインと重なって見えるほどに美しい。
「あぁ、ローサちゃんな。あいつも美人だけどな、別に好きじゃねぇし」
「……え?」
「あいつの家がアメリア国最大の水の商家の娘だからって押し付けやがって」
(それって……つまり……)
レイニルは、ここでようやく真実を知った。ヘリオスとローサは政略結婚だ。
雨が多いアメリア国と、水不足のサンディ国。2カ国間での、水の需要と供給の安定を目的として繋げられた縁だった。
つまりアメリア国・クラウディ子爵家の長女ローサは政略結婚で、次女レイニルは契約結婚という事になる。
そしてサンディ国・長男であり国王シャインは契約結婚で、次男であり王弟のヘリオスは政略結婚。
(ちょっと待って、これって……どういうこと?)
レイニルはこの状況に混乱してきた。この2組の結婚に愛はない。という事は、ヘリオスのレイニルへのキスの理由とは……。
そこまで考えたところで、レイニルの両肩はヘリオスの両腕に掴まれた。キスでもされるのかというくらいに強く体を引き寄せられる。
「雨女。オレの女になれ」
(……殿下、仰っている事が分かりません……)
レイニルは動揺しすぎて言葉を出せずに口をパクパクさせている。つい先日にも、似たような男に似たようなツッコミを返した気がする。さすが双子。
しかし、この流れは……予想が当たっているならば恐ろしい事態になる。
ローサに見た目がそっくりなレイニルに一目惚れをしたとも思えないし、ローサとの違いといえば、あの『能力』しかない。
「妻が雨女ならオレは英雄だろ? そしてオレが王になる」
ヘリオスは軽い口調で恐ろしい事を言っている。つまり兄のシャインを失脚させて王位を狙っている。
「そ、そんな……ローサお姉様は……?」
「あの女は兄貴にくれてやる」
これがヘリオスの本心で本性だった。全ては兄を見返すため……その目的で動いている。
ヘリオスは双子でありながら弟として王位継承権第二位である事に引け目を感じてきたのだろう。容姿は同じでありながらの格差。
それはレイニルとローサの姉妹の関係にも似ていて、レイニルは少し同情してしまう。
「どうせ兄貴に愛はないだろ? 雨が目的でお前を拉致したんだからな。オレはレイニルを愛してやる」
ヘリオスは巧みにレイニルの心を誘導しにかかる。しかし同時にレイニルの脳裏に思い浮かんだのはシャインの屈託のない笑顔だった。
シャインに愛はないかもしれない。それでも今のヘリオスと同じように、愛してやる……いや、『溺愛してやる』と言ってくれた。
(陛下と殿下……私は……どちらの愛が……)
どちらの愛が本物で幸せなのだろうか。そんな疑問の答えも分からないままに、ヘリオスがレイニルの唇に近付く。このままではまたキスをされてしまう。
二人の唇が重なり合う寸前に、中庭の土の上を一歩一歩大きな足音を立てながら誰かが近付いてきた。
純白のドレスを纏い、レイニルよりも色が濃く美しい長い金髪の令嬢。
キス寸前のレイニルとヘリオスの間に割って入ったのは、二人がよく知る人物だった。
「ローサお姉様……!?」
レイニルが目を見開いた瞬間に、乾いた音と共に頬に痛みが走る。ローサの片手がレイニルの頬を強く叩いた。
「レイニル。あなたって人は、最低ですわね」
感情の欠片もないアイスブルーの瞳を凍りつかせて、ローサはレイニルを睨みつけた。
この修羅場とも言える事態に、なぜかヘリオスは動じる事なく余裕の構えでいた。
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