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にこにこ
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退院の日。
朝早くから目が覚めた。
窓から差し込む光を眺めながら、愁斗は静かに息をつく。
「……退院か。」
嬉しい。
でも、少しだけ不安だった。
朝の回診。
主治医がカルテを閉じる。
「血液の数値も落ち着いてきました。」
「発疹もほとんど消えています。」
「ただ。」
愁斗は先生の言葉を待った。
「まだ完全に回復したわけではありません。」
「無理は絶対にしないこと。」
「疲れたら休むこと。」
「めまいや立ちくらみがあれば、すぐに周りへ伝えること。」
「定期的に外来で経過を診ていきます。」
愁斗は真剣な表情で頷いた。
「……はい。」
“退院”という言葉だけを聞いて浮かれてはいけない。
それは、自分が一番よく分かっていた。
荷物をまとめ終えると、病室のドアが開いた。
『退院おめでとう。』
ひでだった。
いつもの笑顔。
でも今日は、どこか安心したような笑顔だった。
「……ありがとう。」
『迎えに来た。』
「先生?」
『ちゃんと許可もらった。』
『玄関まで送る係。』
「係なんだ。」
『そう、重要任務。』
二人で笑う。
病室を出る前。
愁斗は一度だけ振り返った。
長かった入院生活。
苦しかった日。
嬉しかった日。
泣きそうになった日。
全部、この部屋に置いていくような気がした。
「……お世話になりまし
誰もいない病室へ、小さく頭を下げる。
病院の玄関。
外の空気は、思っていたよりも温かかった。
「……外だ。」
愁斗は空を見上げる。
『やっとだな。』
「うん。」
二人でゆっくり歩き始める。
でも。
十メートルほど歩いたところで、愁斗の足が止まった。
『どうした?』
「……ごめん。」
『ん?』
「少し。」
呼吸を整える。
「ちょっと休んでもいい?」
ひではすぐ近くのベンチを指さした。
『もちろん。』
二人で腰を下ろす。
愁斗は少し息を整えながら苦笑した。
「退院したのに。」
「こんなんじゃ駄目だね。」
ひでは首を横に振る。
『駄目じゃない。』
『先生、言ってただろ。』
『無理するなって。』
『今の愁斗は、休むのも治療なんだよ。』
愁斗はその言葉をゆっくり噛みしめた。
「……休むのも。」
『うん。』
『頑張ることだけが前に進むことじゃない。』
『休むことも前に進んでるってこと。』
愁斗は少し照れくさそうに笑った。
「……また一つ勉強になった。」
『俺、先生向いてるかも。』
「調子乗るな。」
『はい。』
二人で笑う。
施設へ向かう車の中。
窓の外を流れる景色を見ながら、愁斗はぽつりと呟く。
「みんな、元気かな。」
『きっと首を長くして待ってる。』
「だといいな。」
その声は少し弾んでいた。
施設へ着くと、玄関の扉が勢いよく開いた。
「しゅう兄ー!!」
「おかえりー!!」
小さな子どもたちが一斉に駆け寄ってくる。
愁斗はしゃがもうとして――
「っ……。」
一瞬、視界が揺れた。
それに気づいたひで が、さりげなく腕を支える。
『ゆっくりでいい。』
愁斗は小さく頷く。
「……ありがとう。」
子どもたちはそんなことには気づかず、嬉しそうに抱きついてくる。
「しゅう兄、おかえり!」
「もう病気なおった?」
愁斗は子どもたちの頭を優しく撫でた。
「まだちょっとだけ。」
「でも、少しずつ元気になるから。」
その笑顔は、本当の笑顔だった。
その日の夜。
施設の自室。
荷物を片付け終えると、どっと疲れが
押し寄せた。
「……疲れた。」
誰もいない部屋で呟く。
以前なら、そのまま無理をしていただろう。
でも今日は違う。
ベッドへ横になる。
「少し休もう。」
その一言が自然に出てきた。
約束を守れたことが、少しだけ嬉しかった。
目を閉じる。
眠りにつく直前、スマートフォンが震えた。
『ちゃんと休め。』
『それも約束だから。』
送り主はひで。
愁斗は小さく笑う。
「……うん。」
短く返事を打って、スマートフォンを胸に抱いた。
退院は、ゴールじゃない。
ここからまた、新しい毎日が始まる。
コメント
1件
おかえりなさい、愁斗……! 泣いたわ。退院おめでとうって気持ちと、まだ無理しちゃダメだよって気持ちが同時に来る。MORRIEの「休むことも前に進んでる」って言葉、めっちゃ刺さった。最後の「ちゃんと休め。それも約束だから」のメッセージ、恋人かよって思わずにやけた。ゴールじゃなくて新しい毎日が始まるって締めも、優しくてじんわり来た。にこにこさん、いい話をありがとうございます🔥