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退院して一週間が過ぎた。
生活は少しずつ元に戻り始めていた。
施設では、子どもたちの笑い声がまた毎日響いている。
「しゅう兄!鬼ごっこしよう!」
「今日は無理。」
「あとでね。」
そう笑って答える。
でも本当は。
まだ全力で走ることはできなかった。
少し子どもたちと遊ぶだけで息が上がる。
しゃがんだあとに立ち上がると、ふっと視界が白くなる日もある。
先生たちは気づいていた。
「愁斗、大丈夫?」
「……大丈夫です。」
そう答えたあと、自分で苦笑する。
「……じゃなかった。」
先生が笑う。
「言い直せたね。」
「少し休みます。」
「うん。それでいい。」
愁斗は静かに職員室を出て、廊下のベンチに腰を下ろした。
以前なら絶対に無理をしていた。
でも今は違う。
少しずつ。
本当に少しずつだけど、自分を大切にすることを覚え始めていた。
その日の夕方。
ひでは施設の近くまで迎えに来ていた。
『今日はどうだった?』
「午前中だけで疲れちゃった。」
『ちゃんと休んだ?』
「うん。」
「ずっと寝てたよ」
『えらい。』
「子ども扱いするな。」
『そこは褒めさせろ。』
二人は並んで歩き始める。
途中、公園のベンチへ座る。
「……まだ少し。」
『ん?』
「立ちくらみ、残ってる。」
『そっか。』
「先生も、しばらくは仕方ないって。」
『焦るなよ。』
「分かってる。」
そう答えながらも、愁斗は空を見上げた。
「でも。」
「早く元気になりたいな。」
その横顔を見て、ひでは静かに笑った。
『ゆっくりでいい。』
『急ぐとまた俺が怒る。』
「それは嫌だ。」
『だろ?』
二人で笑う。
その夜。
愁斗はまた夢を見た。
暗い部屋。
泣き声。
小さな男の子が、必死に何かを叫んでいる。
「……っ!」
声が聞こえそうなのに、聞こえない。
顔を見ようとしても、ぼやけて見えない。
ただ。
その子が自分へ向かって手を伸ばしていることだけは分かった。
愁斗も泣いていた。
必死にその手をつかもうとしていた。
でも。
届かない。
離れていく。
最後に聞こえたのは——
「…………ちゃ……。」
そこで夢は終わった。
愁斗は飛び起きる。
胸が苦しい。
涙は流れていない。
でも、心臓だけが速く鳴っていた。
「また……。」
「同じ夢。」
小さい頃から何度も見てきた夢。
何度見ても思い出せない。
何度見ても、最後だけが聞き取れない。
でも今日は違った。
ほんの一瞬だけ。
誰かが自分を呼んだような気がした。
一方、その頃。
ひで も眠りについていた。
そして。
いつも同じ夢を見る。
泣いている、小さな男の子。
自分も泣いている。
必死に振り返る。
「待って!」
声を出したつもりだった。
でも夢の中では、声にならなかった。
男の子は泣きながら何かを叫んでいる。
聞き取れない。
ただ。
その手だけは、はっきり見えた。
小さな左手。
手のひらの真ん中に、小さな黒いほくろ。
『……っ!』
ひでは勢いよく目を覚ました。
呼吸が荒い。
「……また、この夢。」
夢なのに。
どうしてこんなにも懐かしいんだろう。
どうしてこんなにも胸が痛むんだろう。
枕元の時計を見る。
AM2:40
眠れる気がしなかった。
窓の外を見つめながら、小さく呟く。
『……誰なんだ。』
その答えはまだ、誰も知らない。
けれど。
二人が何年も見続けてきた同じ夢は、止まっていた過去を少しずつ動かし始めていた。
コメント
2件
『お知らせ』の最新話、 ぜひ意見をお聞かせください…
第20話、読み終わりました。愁斗くんが無理をしなくなった「言い直せたね」の場面、じんわり来ました。ひでさんとの「ゆっくりでいい」のやりとりも優しくて。そして二人が同じ夢を見ている…小さな手のひらのほくろが共通の手がかりなのが、もう気になって仕方ないです。この先、どう繋がっていくんだろう。続きがすごく楽しみです。