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もう誤魔化せない。
恋だと認めてしまった以上、その願いは嘘ではなかった。
「でも、それだけじゃ駄目だよね……」
震える声で呟く。
ランディリックは何も言わず、ただ静かにリリアンナを見つめていた。
「ウールウォード伯爵家を見捨てることなんて、私には出来ない」
言葉にした瞬間、胸が苦しくなる。
亡き父の笑顔が浮かぶ。
執務室で難しい書類を前にしていても、リリアンナが顔を出せば優しく笑ってくれた。
亡き母の作ってくれたアップルパイやクッキーの味が、脳内に甘酸っぱさとともに蘇える。
一緒に庭へ植えたりんごの木が実を付けたら、それも美味しいパイにしてくれると話してくれた。
領地を歩けば、領民一人ひとりへ声を掛けていた父母。
ウールウォード伯爵家は、領民を守るためにあるのだと。
当主とは、自分の幸せよりも先に、家と領地を守る者なのだと。
そのために、皆から税収を託されているのだと。
幼い頃から何度も教えられてきた。
父と母が命を懸けて守り続けた伯爵家を、自分の恋心ひとつで手放すなど、どうして出来よう。
たとえ今、この胸が誰よりもランディリックを求めていたとしても。
「私ね……」
俯いたまま、震える声で続ける。
「さっきも言ったように、ランディとずっと一緒に生きていきたいの」
言葉にしてしまったら、もう引き返せなかった。
自分の本当の気持ちを、自分自身で認めてしまったのだから。
「朝、目を覚ましたらランディがいて……」
思わず小さく笑う。
「一緒にご飯を食べて、お茶を飲んで……ランディがお仕事をしている姿をそばでずっと眺めるの。そうして……出来ればお母さまがお父様にしていたみたいに、あなたのお仕事の手助けをしたい。そう出来たら幸せだなって思うの」
そんな何気ない毎日が愛おしい。
ヴァン・エルダール城で過ごす一日一日が、自分の帰る場所になり続けてくれたら。
「でも……」
笑みはすぐに消えた。
「そんな気持ちだけで、お父様やお母様が遺してくださった家を見捨てるなんて……出来ない」
部屋へ静かな沈黙が落ちる。
ランディリックは急かさない。
慰めもしない。
ただ黙って、リリアンナの言葉を最後まで受け止めていた。
やがて、そっと寝台へ腰掛けると、リリアンナの震える両手を包み込むように握った。
「リリー」
低く穏やかな声だった。
「そのことなら、心配はいらない」
「……え?」
「キミが案じていることは、僕もずっと考えている」
大きな手が、ゆっくりと手の甲を撫でる。
その仕草には、焦りも迷いもなかった。
「今はまだ話せない」
一拍置く。
「だから、納得させてやることも出来ない」
リリアンナは小さく目を見開く。
その表情を見つめながら、ランディリックは静かに微笑んだ。
「だが、約束しよう」
握る手へ、そっと力が込められる。
「キミにも、ウールウォード伯爵家にも、決して悪いようにはしない」
「……ランディ」
「今は、『僕を信じて?』としか言えない」
その言葉が申し訳なかったのか、ランディリックは自嘲気味に笑う。
「本当なら、全部話して安心させてやりたい」
そう呟いてから、もう一度リリアンナを真っ直ぐ見つめた。
「だが、中途半端な約束だけはしたくないんだ。――分かるね?」
その声は揺らがない。
「必ず形にしてから、キミへも伝えるから」
リリアンナは思わず唇を噛んだ。
この人は、そういう人だ。
思いつきでものを言わない。
希望的観測でも話さない。
確実に実現出来ると確信したことだけを、静かに口にする。
今は、伝えられないと言うのなら、本当にまだ話せない理由があるのだろう。
「だから今だけは、僕を信じて待っていてくれないか?」
その瞳には迷いがなかった。
既に何かを決め、そのために動いている人の目だった。
リリアンナはその瞳を見つめ返す。
不安が消えたわけではない。
伯爵家のことも。
領地のことも。
これから先、自分がどうなるのかも。
なにひとつ分からないままだ。
けれど――。
思い返せば、この人は今まで一度も約束を違えなかった。
守ると言ってくれた時も。
帰る場所はここだと言ってくれた時も。
いつだって最後には、その言葉を現実にしてきた。
だからもう少しだけ。
もう少しだけ、この人を信じてみよう。
そう思えたのは――。
ランディリックの大きな手の温もり。それだけは、不思議と嘘には思えなかったからだ。
コメント
3件
ランディなら任せて大丈夫だよね
きっとランディリックならなんとかしてくれるよね!?
うわあ、もう、リリアンナの気持ちが痛いほど伝わってきました…。父母の思い出と恋心の板挟み、すごくリアルな葛藤でした。ランディリックが「今は話せない」と正直に言い切る誠実さ、そして「必ず形にしてから伝える」という約束に、彼の覚悟がにじみ出ていてグッときました。最後の手の温もりだけは嘘じゃないっていう描写、本当に美しかったです。何を企んでいるのか、続きが気になりますね!