「ただいま」
翌日、学校が終わると寄り道する事なく帰宅する。昨日とは違い普通に玄関の扉を開けながら。
「おかえりなさい。雅人さん」
「ど、ども」
リビングから駆けてきた華恋さんが出迎えてくれた。疲れを癒してくれる優しい笑顔で。
照れ臭くなりながらもスニーカーを脱ぐ。そして廊下へと上がろうとした瞬間に靴箱の中の違和感に気付いた。
「……こんなに綺麗だったっけ」
恐らく出掛けている間に掃除をしてくれたのだろう。よく見ると埃を被っていた長靴やサンダルも並び替えられていた。
「あの、まだ夕御飯の支度してないんですけど」
「僕も着替えたら手伝います」
「いえ、そうじゃなくて材料が…」
「あぁ……なるほど」
冷蔵庫の中身がかなり減っていた事を思い出す。昨日は誰も買い物せずに帰宅していた事も。
「じゃあ後で買い出しに行ってきますよ」
「私が行ってきます。雅人さんは疲れてるでしょうから家で待っていてください」
「え? でもスーパーの場所わかりますか?」
「……あ」
お互いの動きが停止。正面から向かい合った状態で。
「な、なら一緒に行きましょうか」
「そうです……ね」
「着替えてくるから待っててください。すぐに戻って来ますから」
一言だけ告げると廊下を素早く移動。階段を上がって自室に入った。
「へへへ…」
自然と笑みがこぼれる。家に帰ってきた時に誰かに出迎えられたのは久しぶり。それが妙にこそばゆかった。
「ぐわあぁあぁぁっ!?」
ラフな格好に着替えると一階へと戻って来る。ただし段差から足を踏み外すトラブルに見舞われながら。
「いつつ……じゃあ行きましょうか」
「だ、大丈夫ですか?」
「ははは、いつもの事なんで気にしないでください」
「は、はぁ…」
窓を開けて洗濯物を取り込んでいた華恋さんを発見。やや強引に連れ出す形で出発した。
「今日もずっとうちにいたんですか?」
「はい。鍵を持っていないので出掛けられませんから」
「あっ、そっか」
2人で並んで歩く。夕暮れに染まった住宅街を。
「家に籠もっていて退屈じゃないですか?」
「やる事があるので平気ですよ」
「そういえば靴箱掃除してくれたんですね。綺麗に整頓されていたから驚きました」
「あ、ありがとうございます。浴槽とかトイレも掃除させてもらいました」
「それはどうも…」
今日1日で家中の至る所を清掃してくれたらしい。感謝と感動の念が止まらない。
それから5分ほど歩くとスーパーに到着。カートにカゴを乗せて中に突入した。
「雅人さんは何か食べたい物ありますか?」
「カレーが好きなんだけど……昨日の肉じゃがと材料が被っちゃうか」
「う~ん、ですね」
特に候補も無かったので適当に廻る事に。軽快なBGMが流れている店内をのんびりと徘徊。
「お? これ美味しそう」
「竜田揚げですか?」
「はい。結構好きなんです」
「大抵の揚げ物なら私、作れますけど」
「あれ? そうなんだ。なら今度お願いします」
「ふふふ、はぁ~い」
目についた惣菜に手を伸ばすと彼女が話しかけてくる。思わず見とれてしまうような笑顔を浮かべながら。
適当に物色した後は精算を済ませて退店。荷物を半分に分け合って帰路に就いた。
「……ふぅ」
心が清々しい。まるで人助けをしてお礼を言われた時のように。
女の子を家に住まわせると聞かされた時。どうなるんだろうと不安な気持ちでいっぱいだった。
しかしいざこうして共同生活してみると活気があって楽しい。意識の中に溢れてくるのはずっと足りないと思っていた何かが満たされてきたような感覚。
よく考えればこんな幸運な事も無かった。一時的とはいえ女の子と家族になれるなんて。
「しっしっし…」
口から大きな息が漏れる。自分は世界一の幸せ者なんだと確信した瞬間だった。
コメント
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面白すぎて、一気読みしました!🫶🏻️😖 続き楽しみです!