神代が、蕎麦を啜っていた同じ頃、東京区葛飾立石を流れる中川で、切断された身元不明の遺体が発見された。その胴体部にはまだ両腕が付いてはいるが、皮一枚で繋がった状態で、繋ぎ目からは白い骨が見えていた。
警察職員が網で引き上げる際、千切れかけた右腕を見て亀山紅莉栖は嘔吐していた。
3月まで、神奈川県警サイバー警察で勤務していた亀山は、実際に殺人現場に出向くのはこれが初めてで、周囲からの独特な会話にも嫌気がさしていた。
「そっとあげろよ。落っことすなよ、後々面倒なんだから!そーっとやれ、そーっとな!」
「持て持て!ゆっくり!」
「千切れちまうだろ、ゆっくりだ」
「右腕やばい!」
「右腕!!」
「ほら、千切れた、拾え拾え、面倒だなあ…」
亀山は再び嘔吐した、
ひとりの警察官が、むせ返る亀山を見ながら言った。
「掃除はちゃんとしてくれよ」
そのひと言に、反応したのは和久井圭だった。
和久井は、元警視庁調布署の生活安全課の警察官で、亀山と同じ日に特捜機動隊へ配属された。
年齢も亀山と同じく30歳である。
初対面の日に酒を呑み、共に東京の未来についてふたりは熱く語っていた。
和久井は警察職員に言った。
「すいません。モップとかありますか?」
「んなもんないよ。水で流しちまえばいいからさ、この辺なら大丈夫だろ」
「あ。あと!」
「ん?」
「遺体の写真、撮らせてください」
和久井の言葉に、警察官は怪訝な顔をして答えた。
「なんで?」
「あ。特捜なんですよ…」
和久井は、胸ポケットから身分証を提示して見せた。
うずくまる亀山も、そっと和久井に身分証を預けながら嘔吐した。
警察官は顔写真を確かめた後、敬礼をして直立のまま言った。
「失礼いたしました! 掃除は我々でやりますのでそのままにしておいて下さい!!」
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