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看守の視線が死角に外れた、わずか数秒の空白。
俺はその一瞬を突き、南棟の地下へと続く、薄暗いダクトが血管のように這い回る通路へと滑り込んだ。
湿ったカビの臭いと、酸化した鉄錆が混じり合った刑務所特有の匂いが立ち込める中
俺は壁の感触だけを頼りに通気口の三番目、そのボルトを探り当てた。
指先に伝わる金属の違和感。
それは教えられた通りわずかに緩んでおり、力を込めると、油を差されたかのように音もなく外れた。
暗がりの奥に隠されていたのは、小さな油紙に包まれた一通の封筒と、一本の特殊なICチップだった。
「……志摩の野郎、とんだプレゼントを寄こしやがる」
封筒の中身を素早く確認する。
そこには、三和会がひた隠しにする重要拠点の詳細な地図と、もう一つ——
拓海が自らの命を引き換えにしてまで守り抜こうとした、あの「国家再編計画書」のコピーが収められていた。
震える手でその紙面に目を通す。
そこには「新宿再開発計画」という煌びやかな美名の下
街の地下に巨大な私設軍事シェルターを建設し
全市民を常時監視するための独立した通信網を構築するという、三和会の『真の目的』が冷徹な文体で記されていた。
極道の抗争も、法による粛正も
すべてはこの巨大な「管理社会」という名の檻を完成させるための、単なる露払い――大掃除に過ぎなかったのだ。
「誰だ、そこにいるのは!」
静寂を切り裂く、鋭い怒号が背後から響いた。
振り返ると、そこには通常の看守とは明らかに装備の異なる
黒いタクティカルベストに身を包んだ特別監理部隊の男たちが三人、抜身の警棒を構えて立っていた。
三和会が刑務所の管理体制ごと乗っ取り、内部に送り込んだ「私設看守」だ。
「……305番。予定より少し早いが、お前はここで『作業中の事故』で死ぬことになっている」
「予定は未定だって、死んだ親父に教わらなかったか?」
俺はICチップを迷わず口の中に放り込み、奥歯の間に隠した。
一人目が、獲物を仕留めるプロの踏み込みで飛び込んでくる。
俺は剥き出しのダクトの支柱を軸にして鋭く身を翻し、男の側頭部へ渾身の回し蹴りを叩き込んだ。
衝撃でヘルメットがひしゃげ、男の体はコンクリートの壁に激しく激突して沈んだ。
「こ、殺せ!躊躇うな、絶対に生かして返すな!」
残りの二人が、連携を取りながら同時に襲いかかる。
逃げ場のない狭い地下通路。
俺はドスの代わりとなる鋼のような拳を振るい、三和会の刺客たちを一人ずつ確実に沈めていく。
左肩の古傷が千切れるような悲鳴を上げ、視界が血の熱さで歪むが、不思議と体は羽が生えたように軽かった。
全員を叩き伏せ、静まり返った通路で、俺は唯一の出口である重厚な非常扉を睨みつけた。
この檻を出るための準備は、すべて整った。
(三和会……お前らがこの国そのものを巨大な「檻」に変えようとするなら俺がその檻ごと、お前らの首を獲りにいってやる。)
俺は転がっている男から通信機をひったくり、志摩に指定されていた周波数へとダイヤルを合わせた。
「……志摩、聞こえるか。…『鍵』は手に入れた。外の準備を始めろ」
激しいノイズの向こう側で、志摩の不敵で、どこか狂気を孕んだ笑い声が短く響いた。