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「学生時代の仲間で呑んでたんですよ。
安い居酒屋で」
と男は語り出した。
「リストラされたり。
安月給だったり。
なんかショボイ話してて、みんなで。
店を出てもまだ話しながらウロウロしてるうちに、ひとりふたりと消えていきました」
頭の中があやかしで染まっている冨樫は、どういう意味で消えていったんだろうな、と怯えたが。
彼の仲間が消えた理由は、冨樫が想像しているような意味ではなかった。
単に、酔いながらも帰巣本能に従い帰った者。
その辺に倒れ込んで寝てしまった者。
吐きそうになって公園のトイレに駆け込んだ者などいろいろだったらしい。
「そうこうしているうちに、三人になってて。
歩いているうちに、よく見た通りに出たんですよ。
ああ、このビル街の通り。
昔、通ってた塾の近くだなー。
お前たちとこうやってよくしゃべりながら歩いて帰ってたけど。
あの頃は未来の何処かに希望がある気がしてたよなーとか話してて。
ふと見たら、公園の前に駄菓子屋みたいなものがあったんですよ。
昔はなかったのに」
ん?
「なんか赤提灯とか下がってたから、もしかしたら、駄菓子屋に見えたけど、呑み屋だったのかもしれないですけどね」
……その呑み屋みたいな赤提灯の駄菓子屋は、うちのあやかし駄菓子屋では、と冨樫は気がついた。
生活に疲れていたようだから、迷い込みそうになったのだろう。
だが、彼らは、行ったら浮世の憂さが晴れるというより。
店員たちが呑気すぎて気が抜けるあの駄菓子屋に行きそびれてしまったようだ。
懐かしいなと思いながらも、そちらに行かずに、涼しい川の方に向かい、ずんずん歩いていってしまったらしい。
そして、気づけば、見知らぬ住宅街に迷い込んでいたのだという。
「もう帰ろうかなと思ったとき、また駄菓子屋が見えてきたんですよ」
夜中に開いてる駄菓子屋が住宅街にあるのか? と冨樫は首をひねった。
「そのとき、ふと、さっき入りそびれた駄菓子屋のことが気になって。
おい、ここ入ってみないかって友だちに言ったんです。
二人も、いいな、懐かしいな、とか言ってそこに入ったんですが。
駄菓子屋なんだから、ばあさんがやってるかと思いきや、メガネかけたスーツ姿のクソ真面目そうな男がひとりでやってたんですよ。
まあ、そうですよね。
深夜だから、ばあさんなら、もう寝てますよね」
と男は偏見を述べる。
「しかも、なんか今風でスーパーみたいな駄菓子屋で、なにも和まなかったですね~。
でもそこ、駄菓子屋なんだけど、最近、ビールも置きはじめたとかで。
考えてみれば、駄菓子って、酒のツマミっぽいのが多いですよね。
イカだのカツだのとビール買って、また呑みながら歩いてたんですよ。
さっきの店、こんな夜中にひとりでやってて、強盗入らないのかな。
駄菓子屋なんて儲んねえから、入らねえよ。
そうだ。
強盗といえば、銀行強盗だな、とかって話になって。
気がついたら、銀行強盗に入る話になってたんですよ。
で、なんか引っ込みつかなくなって。
……なんか、なにもかも、あの駄菓子屋に入ってしまったせいのような気がするんですけどね~」
いや、何処の駄菓子屋か知らないが、さすがにそれは濡れ衣だろう、と冨樫は思う。
「それで、なんか引っ込みがつかないまま、銀行強盗をやることになって。
九時半に待ち合わせて、銀行強盗をすることにしたんです」
そう男は語る。
すごく軽い感じに銀行強盗がはじまろうとしていたようだが。
なにかこう、酔った弾みだったので、全員が現実感がなかったんだろうなと冨樫は思った。
「でも、目が覚めて後悔しました」
まあ、正気に戻ったら後悔するよな。
たぶん、この人だけではなく。
ほんとはみんな後悔していたのではないだろうか。
全員が引っ込みがつかなくなっていただけで、と思っていたのだが。
そんな冨樫に男は言った。
「――なにか知らない山の中で目覚めたので」
後悔そっちか。
「じゃあなって別れたあと、どうやって、その山中までたどり着いたのかわからないんですけど。
入った覚えのない山の見知らぬ巨木に寄りかかって寝てたんですよ、俺」
そこで、あなたとそっくりな人に出会ったんです、と男は言った。
「その人気のない山の中に、いきなり人が現れたんです。
ニコニコとして感じのいい人でした」
いや、人気のない山の中に、いきなりニコニコして現れる人、怖くないか?
「その人は俺に訊いてきました。
『こんなところでなにしてるの?』って」
冨樫は心の中で、恐らく自分の父であろうその人物に向かい言う。
――いや、あんたこそ、なにしてんだよ。
「これから銀行強盗をしようかと思って、と俺は言いました。
たぶん……止めて欲しかったんじゃないかなと思います」
自らの当時の感情を思い出そうとするように男は小首を傾げながら、そう言った。
「俺はその人に強盗の計画を話しました。
その人は、うんうん、と笑顔で頷きながら聞いてくれていたんですが。
最後に、『まあ、やってみなよ』と言いました。
『なんか成功しそうにないけど』って付け足してはいましたが」
……父よ。
止めてやれ。
父はおそらく刑事の勘で、これは上手くいかないだろうとわかっていたのだろう。
「仲間に腰抜けだと思われたくなかったら、引くに引けなかったんですが。
ほんとのところ、俺はやりたくなかったから。
ぐずぐずとその場でやめるための理由を言っていた気がします。
今着てるこれは、お袋に誕生日に買ってもらった革ジャンだから、強盗に着て行きたくないとか。
これで防犯カメラに映ったら俺だってわかるから嫌だとか。
もう待ち合わせまで時間がないとか。
そしたら、その人は、
『じゃあ、僕の服貸してあげるよ』と言って、服を交換してくれました」
……だから、父よ。
止めてやれ。
「ああ、あの人に服返さなきゃ……」
そう男は呟いた。