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「あんた、あの人の息子さんなんですよね?
服返してもいいですか?」
男は冨樫を見上げ、そう訊いてくる。
「預かってもいいですが。
あなたに返さなきゃいけないあなたの服は父が着ているのでは?」
「あげます」
そう男は言った。
「あげます、あの革ジャン。
俺が間違っていました。
今になって思うんです。
あの人は笑顔で、服貸してあげるよと言いながら。
ほんとうは俺が強い意志で強盗をやめるというのを期待していたんじゃないかなって。
でも、俺はそのまま、結局、大事な革ジャンをあの人に預け、銀行強盗をしてしまった。
反省の意味も込めて、あの革ジャンはあの人にあげます。
お袋にも謝ります。
革ジャンのことも。
犯罪を犯してしまったことも……。
あの、お父さんにありがとうとお伝えください」
えっ? 何故?
あなたの犯罪を止めもしなかった父に? と冨樫は思ったが、
「きっとあの人にはわかってたんです。
迷いながらも服をかえてしまった俺は。
今回、なんとか難を逃れても。
またいつか、犯罪に首を突っ込んでしまう。
そんな心弱い人間なんだと。
だから、必ず失敗する杜撰な計画の銀行強盗をやらせてみたんじゃないでしょうか」
もう絶対に罪は犯しません、と男は言った。
「誰かを傷つけたり。
取り返しのつかないことをやってしまわなくてよかったです」
男は少し安堵したような顔をしていたが。
……銀行強盗未遂も結構な取り返しのつかないことですけどね、と冨樫は思っていた。
だが、刑事だった父は、いずれ誰かに引きずられるがままに、とんでもない犯罪を犯してしまいそうな匂いを彼から感じ取っていたのかもしれない。
「今から自首してきます。
みんなが何処にいるのかはわからないけど……」
そう言いながら、男はいきなり服を脱ぎ、冨樫に渡してきた。
その格好で警察に行ったら、違う意味で捕まると思います……と思った冨樫は自らも服を脱ぎ、男に渡した。
「私のスーツを着て歩いていたら、そのうち、人間の世界に戻れると思います。
たぶん、あやかしの世界に染まったその服を着て、この辺りを歩いていたから、こっちに入り込んじゃったんですよ」
男はなんの話だかわかっていなかっただろうが、ありがとうごさいます、と頭を下げてきた。
何処へともなく男が歩いていったあと、冨樫は少し迷って父の服を着てみた。
小さなときには大きく見えた父の服は少しきついくらいだった。
実際、父は高身長の大きな人だったのだが。
いつの間にか、その父より大きくなっていたらしい。
この服を着て歩いていたら、父の許にたどり着けるのだろうか――。
そう思いながら、霧の街を歩いていたが、すぐ近くで声がして、誰かが腕を引っ張った。
「あっ、冨樫さんっ。
何故、ここにっ」
見たこともない犬を従え、突然、霧の中から現れたのは風花壱花だった。
「待てっ、壱花っ。
いきなり走るなっ」
と倫太郎が現れる。
「冨樫じゃないかっ。
壱花、お前、犯人を追ってたんじゃなかったのか?」
「いや~、こっちから冨樫さんの匂いがしたんで」
と壱花は笑い、
「……お前が犬かっ」
と倫太郎に罵られていた。
赤い数珠を首に巻いた白い犬は、なにを追うでもなく、ただ尻尾を振りながら、壱花の側にいた。
「今日はみんなが服を奪われる日のようです……」
そう呟く冨樫から事情を聞いた壱花は、
「じゃあ、冨樫さんのお父様、今、革ジャン着て、あやかしの山を彷徨ってらっしゃるんですかね?」
と呟く。
「あ、冨樫さん、その服、着替えた方がいいですよ」
そう壱花は言った。
そのままの格好だと、手配中の銀行強盗と間違えられて、逮捕されかねないからだ。
倫太郎が困ったような顔をして言う。
「そうだな。
上のベストだけでも脱げ。
上着を貸してやりたいところだが、さっき、あいつに貸してしまったからな」
「社長、シャツを取り替えたらいいんじゃないですか?」
そう壱花が言うと、おおそうだな、と倫太郎は冨樫の着ていたシャツと自分の白いシャツを交換する。
倫太郎は羽織る前に、その冨樫の父の物であるチェックのシャツのタグを見て、
「なるほど、これはお父さんのだろうな。
このブランド、ずいぶん昔に統合されて今はもうない」
と呟いていた。
冨樫は白いシャツの上にグレーのベスト、という格好になったので、かなり服装の印象が変わっていた。
一方、倫太郎はラフなシャツに、かっちり仕立てられたスーツの下という、いでたちになり。
いまいち、ちぐはぐな感じだ。
「この格好で人に会いたくない。
今すぐ帰ろう」
と倫太郎は壱花たちを急かす。
「そうですねえ。
一旦、帰りたいところではあるんですが。
此処、何処なんですかね?
夜はもう明けてしまったんでしょうか?」
そう壱花が言ったとき、何処からか、ワンワンッと犬の鳴き声が聞こえてきた。
急に視界が明るく開ける。