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夜の帳が下り、街灯の淡い光が石畳に滲む。東京の片隅、雑多な路地裏に佇む古びたアパートの屋上。そこに彼はいた。黒いローブを纏い、顔は闇に溶け、ただその瞳だけが月光を反射して銀色に輝いていた。死神の名は「カイ」。人間の魂を彼岸へと導く役目を負い、数百年もの間、感情というものを知らずに生きてきた。
カイの仕事は単純だった。リストに記された名前を見つけ、その者の命が尽きる瞬間を見届ける。そして魂をそっと引き抜き、闇の彼方へと送る。人間の喜びも悲しみも、カイには関係なかった。彼にとって人間は、ただの「仕事」だった。
だが、その夜、カイは初めて「何か」を感じた。
アパートの窓辺で、若い女性が一人、キャンバスに向かって絵筆を動かしていた。彼女の名は彩花(あやか)。二十五歳。カイのリストには、彼女の名前が刻まれていた。余命は三ヶ月。病魔が彼女の体を蝕み、ゆっくりと命を奪いつつあった。
カイは窓の外から彼女を見つめた。彼女の指先は震え、絵筆は時折キャンバスを外れた。それでも彼女は描き続けた。月明かりの下、彼女の描く絵は不思議な輝きを放っていた。それは、まるで命そのものがキャンバスに宿っているかのようだった。
「なぜ、彼女はそんな目で絵を描くのだろう?」
カイの胸に、初めての疑問が生まれた。死神である彼には、命の終わりしか見えなかった。だが、彩花の瞳には、終わりではなく「何か」が宿っていた。それは、希望だったのか、絶望だったのか、カイにはまだ理解できなかった。