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警察署を出られたのは、翌日の昼だった。
任意同行を求められて、あることないこと根掘り葉掘り聞かれて。
ーこれも全て、あの女のせいだ。
あの女が映り込みさえしなければ。
遊び半分で撮影したことにも罪があることは知っている。
けど…。
『127人。全国で貴方がたの動画を見た、127人もの人間が病院に運ばれたんです。一体、どういうことですか?』
無機質な冷たい机の向こう。
パイプ椅子に座った警察官が、じっと目をのぞき込んでいた。
ー何も知らない。
『森さん。何をしたんです?』
ーわからない。
解放されたものの、俺たちの動画サイトは閉鎖された。
犯罪者ではないけれど、被疑者だ。
子どもが倒れた親は怒って抗議のメッセージを投げつけてきた。
友達が倒れた同級生は、説明しろと詰め寄ってきた。
ただ、怪異があると噂の電車を撮影しただけの俺たちを、世間は責めた。
ーもう二度と、『モリーです』とカメラに向かえなくなった。
「不幸中の幸いは、」
と嘉明が言った。
「誰も死ななかったことだ」
俺と斎藤、嘉明は警察署を出て、嘉明の家に向かった。
もう一度、動画を見るために。
何度再生しても、編集前の動画を見ても、おかしいところは何もない。
ただの俺たちの動画。
斎藤と嘉明は何度も何度も首を傾げた。
俺は、画面の中、斎藤の後ろに立つ女を睨みつけた。
ーお前のせいだ。
握りこぶしが真っ白になった。
俺と斎藤は、嘉明の家を後にした。
「残念だな。やっとファンもつき始めたのに」
斎藤の言葉に顔を伏せた。
「大丈夫だよ」
斎藤が慌てているのが分かった。
俺が落ち込んでいるから励まそうとしているのも。
「そのうち、俺たちに責任がないってわかれば、また再開できるって!な?」
「あぁ。そうだな。」
俺は斎藤と別れると、その足で19時30分の電車に向かった。
19時30分。
赤色のベルベットが俺を迎えに来た。
眉間にしわを寄せ、ベルベットに座る。
俺の顔が映る向かいの窓を睨みつけた。
甲高い悲鳴とともに電車が緩やかに走り始めた。
スーツを着た女が、窓に現れた。
睨見つけていると、女は足音もなく俺の前に立った。
「あの…」
女は俺に言う。
透き通った女の向こう。
鏡面反射する窓に俺がいた。
「あの…」
女の声がする。
目だけで女の目を睨んだ。
目が合うと女の口元が三日月の弧を描いた。
「あの!タカトさんをご存じないですか?ユリカちゃんは?ナオヤさんは?アケチさんは?マリさんは?」
女は必死な声で、まくしたてるように次々と名前を列挙し始めた。
「お前のせいで…」
俺は立ち上がった。
女の目を睨みつけた。
「お前のせいだ!」
叫ぶ声は途中で掻き消えた。
喉に何かが詰まった。
息ができなくなる。
パクパクと口を開閉しても、空気が入ってこない。
女の顔を睨みつける。
視界の端に黒が滲む。
ーお前のせいだ。
目が痛くなった。眼球が飛び出していく。
耳鳴りがする。
女に手を伸ばした。
黒が広がっていく。
ーお前のせいだ。
女を捕らえるはずの手は、女の足をすり抜けていく。
女が心配そうにこちらを見た。
視界が閉じていく。
ーお前のせいだ。
涙が出た。
女が顔を寄せてくる。
ーお前のせいだ。
涎が頬を伝っていく。
「知りませんか?」
ーおまえの…。
「あの…」
ーおまえ…。
「あの…」
口を大きく開き喉を押さえて、白目を剥いた男が電車から運び出されていった。
作業員の男二人がモップできれいに清掃を始めた。
消毒液の匂いが鼻を突く。
若い作業員がため息をついた。
ー明日はあの男の訃報か…。