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初めて化粧をした自分の顔に大笑いした私は、化粧を落とし、化粧品を片づけ、部屋を出た。
一階の共有広間、食堂、浴室を素通りし、地下へつながる階段の前についた。
(ここ、初めてくるのよね)
地下に資料室があるということは、メイド長に聞いていたものの、入るのはこれが初めてである。
先輩たちも溜まった日報をしまったり、時々行う行事の方法を調べに来る程度。
【時戻り】している私も、ここは利用しないだろうと思って入っていなかった場所。
「入る時、誰かに声をかけたほうがいいのかしら……」
初めて入る部屋に私はおどおどしてしまう。
この資料室は初代ソルテラ当主が屋敷を建ててから今までの記録がされているらしい。
百年前に火災にあったものの、同じように再建できたのは、ここに見取り図があったからだそう。
本邸から離れた場所にあったこの宿舎は、火事に巻き込まれていなかったのだ。
この資料室には”隠し部屋”と同様、三百年の歴史が刻まれている。
そのような貴重な部屋、誰かの許可なしに入ってもいいのだろうか。
「エレノア、どうしたの?」
「あっ、メイド長!! お疲れ様です」
「お疲れ様」
資料室の階段を下ったり登ったりしていると、私の奇怪な行動を見ていたメイド長に声をかけられた。私は、すぐに階段を駆け上がり、彼女の前に立って深々とお辞儀をする。
私の唐突な行動にメイド長は何度も瞬きをしていた。
「あなた、面白いことをするのね。今日は非番だったんじゃ」
「はい!」
「資料室の前でうろうろして、どうしたの?」
「えっと……、入ったことのない場所だったので興味がありまして、でも、勝手に入っていいのか分からなくて」
「それで悩んでいたのね。ちょうどいいわ、私、資料室に用があるの。一緒に来てくれるかしら」
私の用事を聞いたメイド長は、にっこりと微笑み、資料室への階段を下りてゆく。
「はい! 手伝います!!」
私はメイド長の後ろをついて行った。
地下室の階段を下りながら、メイド長は呟いた。
「そうね、ここは貴重な資料も残っているから、何故入りたいのか、私に声をかけてほしいわね」
「はい。分かりました。以降、そういたします」
「よろしい」
やはり、資料室に入る際はメイド長に声を書けた方が良いみたいだ。
「エレノア、明かりをつけてくれる?」
メイド長が資料室の戸を開ける。
鍵は入口の傍に置いてあり、施錠はされていないようなものだ。
私はそばに置いてある洋灯に魔法で火をつける。
洋灯の燃料は十分にあり、油を補充しなくてもよさそう。
私は洋灯を持って、資料室の中に入った。
「そこに置いて」
「わかりました」
私はメイド長が指示した場所へ洋灯を置く。
真っ暗だった資料室がぼんやりと照らされる。
本棚が沢山並んでいて、そこに筆記帳や紙束が仕舞ってある。それらが歴代の従者が残した日報や資料なのだろう。
本棚の他には、資料を閲覧して書き留めるテーブルと椅子が一つあるだけ。
本当に調べ物をするだけにくる場所みたいだ。
「ここ、幽霊が出るらしいわよ」
「えっ」
辺りを見ている私に、メイド長が唐突に怖い話を投げかける。
彼女は所々に置かれている洋灯に火を付けながら、そう言った。
「ソルテラ邸になる前は王族の所有地だったらしくてね、折檻や拷問に使われてた部屋みたいよ」
「ひっ」
地下の薄暗い雰囲気と、ヒンヤリした気候も相まって怖さが際立つ。
ソルテラ邸になる前の歴史をメイド長が知っているのは、母親からの聞いていたり、ここの資料に目を通しているからだろう。
「ところで、メイド長は何をしにここへ……?」
「私は、資料の整理をしていたのよ」
「整理……?」
本棚に仕舞われている資料ははみ出しておらず、整頓されているように見える。
メイド長はここから何を整理するのだろう。
「古い資料は紙束をまとめただけというのが多くてね、この筆記帳に書き写しているのよ」
「うわあ、この紙ボロボロですね」
メイド長はテーブルに置いてある作業途中のものを私に見せてくれた。
百年以上前のものだろう。紙は痛み、インクがかすれてしまっている。
触れ方を間違えたら破れてしまいそうだ。
その情報を補完するために新しい書記帳に書き写しているのだとか。
「自由に見れるけれど、古いものは取扱いに気を付けてね」
「わかりました」
私にそう注意すると、メイド長は写生の作業に入った。
(思ったよりも沢山あるなあ……、時間がかかりそうね)
膨大な資料から必要な情報を探し出すのに時間がかかりそうだ。
今回の時戻りで探しきれるかどうか。
「……立ち止まっても始まらない」
不安に思っているだけでは何も始まらない。
私は年代別に並べられた資料の中から、百年前のものを取り出した。
それらの資料は筆記帳に書かれており、メイド長が写生している資料よりも状態が良い。
私はそれをメイド長の隣に座り、資料を読む。
(火事になった日、えっと、火事――)
日報をめくり、火事になった日を調べる。
きっとここには当時のことが書かれており、火事になった要因、死者、負傷者などの情報が書かれているはず。その情報を知れば、作り話をする際の材料になる。
私とメイド長は互いに集中していて、資料室にはページをめくる音、カリカリと写生をする音だけが響いていた。