テラーノベル
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数週間後の満月の夜。米花博物館の広大な屋上に、ヘリコプターの爆音とサーチライトの光が激しく交錯していた。
「……ハァ、ハァ……っ」
新一は屋上のフェンスに背中を預け、必死に荒い呼吸を整えていた。いつもなら、ターゲットを盗み出したキッドの逃走ルートを冷徹に先回りし、完璧なトラップを仕掛けているはずの時間だ。しかし今夜の新一は、明らかに精彩を欠いていた。原因は、あの手紙だ。
(『世界中の誰よりも、お前を愛しているよ、俺の可愛い名探偵』……っ)
夜風を浴びて思い出すだけで、ブレザーの胸元が内側から燃えるように熱くなる。今夜、キッドとどんな顔をして対峙すればいいのか。あいつの顔を真っ直ぐ見られる自信が、これっぽっちも湧かなかった。
「おやおや、今夜の名探偵は、ずいぶんと大人しいですね?」
――心臓が、跳ね上がった。
頭上から降ってきた、聞き馴染んだキザな声音。新一がハッと顔を上げると、サーチライトの光を浴びて、夜空に白いマントをはためかせたキッドがゆっくりと舞い降りてくるところだった。月光を反射するモノクルの奥で、大怪盗の唇が不敵な三日月を描いている。
「キッ……キッド……ッ!」
新一はトランプ銃を警戒して身構えようとした。しかし、いざ本人の姿を目の前にすると、あの手紙の情熱的な文面が脳内で一気に爆発した。
『夜の闇の中で、お前の鋭い視線に射抜かれるたび、俺の心臓は狂ったように跳ね上がっている』
(う、嘘だろ……。こいつ、本当にそんなこと思いながら俺と戦ってたのかよ……!?)
「おや?」
一歩、キッドが距離を詰める。
「いつもなら私の顔を見るなり、鬼の首を取ったような顔で『御用だ』と叫ぶはずですが……。今夜はどうして、そんなに顔が赤いのですか?」
「な、赤くなってねぇ!!」
新一は思わず片手で顔を半分隠し、一歩後ろへ下がった。だが、その反応はあまりにも無防備で、あまりにも「意識しています」と全身で語っているようなものだった。
「ふむ。もしかして、前回の私の『種明かし』……お気に召さなかったでしょうか?」
キッドはさらに一歩、新一との距離を縮める。シルクハットの影から覗く視線が、獲物をいたぶる肉食獣のように妖しく光った。
「お前……っ、あんな、あんなふざけた手紙、誰が真に受けるかよ! 誰が可愛い名探偵だ、バカかお前は……ッ!」
新一は恥ずかしさを誤魔化すように怒鳴ったが、声が微かに震えている。顔の赤さは、防犯カメラのモノクロ映像でもはっきり分かってしまうレベルで限界突破していた。
「ふざけてなどいませんよ。私はいつだって、あなたには本気です」
気付けば、キッドは新一の目の前まで迫っていた。逃げようとする新一の逃げ道を塞ぐように、白い手袋をはめた両手が、新一の背後のフェンスにドン、と突かれる。いわゆる「壁ドン」の体勢に、新一は完全にキッドの白い影に閉じ込められた。
「ひゃ、っ……!?」
至近距離から見つめられ、新一は完全にキャパシティオーバーを起こした。キッドの衣服から香る微かなミントの香りが、余計に新一の理性をかき乱す。
「これほど近くにいるのに、一度も私と目を合わせてくれない。……そんなに私の言葉が響いてしまいましたか? 私の可愛い名探偵」
キッドは低く甘い声で囁きながら、新一の顎にそっと指先をかけた。くい、と強引に顔を上向かせ、無理やり自分の瞳と視線を合わせにいく。
「く……っ、離せ、泥棒……っ」
新一は必死に抵抗しようとするが、キッドの顔がすぐ近くにあるせいで、胸が苦しくて力が入らない。その、涙目で真っ赤になって震えている新一の姿を、キッド(快斗)はモノクルの裏で、飛び上がりたいほどの歓喜とともに見つめていた。
(やっべぇ……! 想像の100倍効いてるじゃん、この名探偵! 余裕ぶったツラが完全に崩壊してやんの、最高にかわいい……!!)
あの放課後、無自覚に自分を悶絶させた探偵への、完全なるリベンジ。けれど、新一をからかう楽しさと同時に、快斗の胸の奥にも熱い衝動がチリチリと燃え広がっていた。
「……名探偵。そんな顔をして私の前に立ったら、今度こそ本当に、あなたのすべてを盗んで、私の城へ連れ去ってしまいそうになりますよ?」
キッドは囁くと、新一の耳たぶをかすめるようにして、その首筋にそっと唇を寄せた。新一の体が、ビクッと大きく跳ねる。
「――っ、もう、勘弁しろ……ッ!!」
ついに恥ずかしさが限界を迎えた新一は、キッドの胸を思い切り突き飛ばすと、顔を両手で覆ったまま屋上の扉へと脱兎のごとく走り出した。
「おい茶木警視! 中森警部! キッドは屋上だ! 早く捕まえろ、クソッ……!!」
無線に向かって怒鳴り散らしながら、大パニックで階段を駆け下りていく探偵の足音が響く。一人残された屋上で、キッドはついに堪えきれずに吹き出した。
「くっ、ぶはははは! 逃げた! あのホームズの黙示録が、推理も忘れて逃げ出しやがった!」
快斗はハンググライダーの翼を広げながら、夜空に向かって高らかに笑う。勝負としては今夜も自分の勝ちだ。けれど、真っ赤になって逃げていったあの愛しい探偵の顔が、しばらく頭から離れそうにない。
「次はいつ、あの可愛いツラを拝ませてくれるかな、新一」
白き怪盗は満月に背を向けると、極上の余韻に浸りながら、夜の街へと鮮やかに飛び立っていった。
コメント
1件
いやもう、新一がかわいすぎるだろ! いつも余裕かましてるクールな探偵が、キッドの手紙だけで完全に平常心ぶっ壊れてて笑ったわ。「ひゃっ」って声出ちゃうとか反則。キッドの「想像の100倍効いてる」って心の声も最高で、怪盗の余裕と探偵の崩壊具合が完璧に対称になっててめっちゃ刺さった。次回も楽しみにしてます!
ユイ
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#改方学園
千導 渉
7
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サンフラワー
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