「他に不安なことでもあるのか。そういえばさっきも行きたくないって言ってたな。百子は元彼と鉢合わせしないように考えていたから、元彼のこと以外が心配なのか」
自分の不安を的確に指摘され、百子は言葉に詰まる。視線が泳ぐので、自分が動揺していることは陽翔に筒抜けに違いない。
(でも……言ってもいいのかな。確証も何もないのに。私の行き過ぎた想像かもしれないのに)
百子は迷いに迷ったが、自分の思い過ごしの可能性もあるので今回は何も言わないことに決める。
「あの……あれよ。ひょっとしたら私の荷物が勝手に捨てられてるかもって思ったの。元彼は時々私に確認を取らないで何かすることがあったから」
陽翔は百子の答えを聞いて眉根を寄せる。別に彼女を疑っている訳では無いのだが、何となく彼女の答えは嘘っぽく聞こえるのだ。
(百子にとっては思い出すのも苦痛なことを聞いたら、もっと傷つくかもしれん)
荷物の件は全くの嘘でもなさそうだが、何か百子は自分に隠していることがあるのではないかと勘ぐってしまうのだ。もっともらしい嘘の予感はあったものの、あえて陽翔は百子を詮索しなかった。自分に隠し事をされるのはショックではあるが、元彼絡みのことを根掘り葉掘り聞くのも気が引ける。
「それは確かに心配だな……」
陽翔が追求しなかったので百子は胸を撫で下ろしたものの、掘り下げられたらどうしようかという不安は残った。
「だが心配は多分いらないと思うぞ。元彼は百子に執着してるっぽいし。そんな奴が百子の荷物を捨てるとは思わん。ひょっとしたら帰ってくるかもしれないとかおめでたいことを考えてそうだし」
百子は盛大に顔を顰めていたが、何となく光景が思い浮かんだようで僅かに顎を引く。
「……さっさと私のことなんて忘れたらいいのに。デキない私のことなんてほっといてよ。せっかく|私《・》|よ《・》|り《・》|若《・》|い《・》彼女を捕まえたのに、本当に何を考えてるのかしら」
憤懣やる方ない百子の言葉を聞いて、陽翔は眉を跳ね上げる。百子の元彼の浮気相手のことは今までに聞いたことがないからだ。陽翔はその理由を浮気相手の女が初対面だったからと考えていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
(私よりも若い……か)
百子は憶測の段階だと基本的に口に出さないタイプだ。その彼女がはっきりとそう言ったのなら、百子はある程度元彼の浮気相手のことを知っている確率が高い。何故そのことを陽翔に隠したいと彼女が思っているかは不明だが。
「……百子、また元彼の証拠映像を見たのか?」
彼女がぎくりとしてスマホの方角を見るので、陽翔は自分の予想が当たってたと確信した。彼女に証拠映像を見るなとは以前に言っておいたものの、よくよく考えたら彼女のスマホにそれらが残ってる方が問題だった。
(流石に削除してくれとは言えないしな)
本当は百子にはそんな忌まわしい事は忘れて欲しいのだが、だからといって証拠を消してくれと請求する理由にはならない。再び元彼に迫られたり、元彼の浮気相手とも遭遇して因縁をつけられたりした時に有効だと思うからだ。それは百子自身を守るためのものではあるが、その時以外は必要がないのである。むしろ百子のスマホの中に証拠映像があった方が精神衛生上よろしくないことは火を見るよりも明らかだ。お気に入りの写真をカメラロールでチェックする時に嫌でも目に入ってしまうだろうし、その度に自分が元彼にされた仕打ちを思い出す羽目になると思うからだ。
「百子、その証拠映像俺にくれ」
なので陽翔はそう要求したが、それを聞いた百子の瞬きが1.5倍ほど速くなった。百子は彼に怒られるとばかり思っていたのだが、予想が外れて呆気に取られたのである。
「な、なんで……? 何に使うの……?」
ぼんやりとしている百子に、陽翔は諭すように彼女の頭を撫で、髪を梳き始めた。
「俺が見るなって言っても見るだろ、百子は。別に見たことを怒るつもりはねえよ。カメラロール漁ってたら嫌でも目に入るだろうし。でもやっぱりそんなの見つけたらしんどくなるだろうが。それなら俺がそのデータを預かっておく。でないと見返したい写真を探す度に落ち込む羽目になるぞ」
髪を梳いている彼の大きな手が百子の緊張を和らげていく。まさかこれほど心配されているとは思わず、百子は陽翔に向かって頷いた。
「うん……ありがとう。正直証拠持ってるのはしんどかった。流石に吐き気とかはもう出ないけど、何か嫌なのよ」
百子は心なしか重たく感じるスマホを操作して、該当する動画の画面までスクロールさせる。実家で飼っている猫達の写真に、唐突に2人の男女の肌色が現れて、思わず百子は目をそらした。陽翔は百子のその様子を見て、彼女に予めスマホを見る許可を貰って覗き込む。2つの満月がこちらを見つめていたり、おもちゃにじゃれて遊んでいたり、香箱座りしていたり、リラックスして目を閉じている猫の可愛らしい写真や、以前百子と行ったお店の料理などの写真がひしめく中に、男女の生まれたままの姿が割り込んでいるその様子は酷く冒涜的であり、あまりにも異質過ぎる。まるで上等の紅茶を飲んでいる最中に、コーラでも紛れ込んだような激しい違和感を覚えて、陽翔は腸が煮えくり返る思いでそれらを自身のスマホへ転送する。
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