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#女主人公
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暗い部屋の中、美月は床に転がった薬の瓶を
まるで救い主のように見つめていた。
窓の外からは、遠く彼女を探すマスコミのヘリの音が聞こえる。
世界中が彼女を追い詰め、石を投げようと手ぐすね引いて待っている。
「……ねえ、結衣。これ、本当に『楽』になれるの?」
美月が、10年前と同じ、甘ったれた声で私を呼ぶ。
私は彼女の隣に膝をつき、母親が子供に言い聞かせるような慈悲深い声で答えた。
「ええ。それを飲めば、もう誰からも責められない。ネットの誹謗中傷も、記者の怒声も、母親の恨めしそうな顔も、全部消えてなくなるわ」
美月は震える手で蓋を開けた。
中には、私が特別に用意した白いカプセル。
彼女はそれを一気に口に放り込み、喉を鳴らして飲み込んだ。
しばらくして。
美月の身体が大きく痙攣し、彼女は喉を掻きむしりながら床をのたうち回った。
「あ……が、は……っ! あづ、い……助けて、結衣……っ!」
「ああ、ごめんなさい。言い忘れていたわ」
私は立ち上がり、もがく彼女を冷たく見下ろした。
「それは、死ねる薬じゃない。ただの強い催吐剤と、神経を過敏にする薬よ」
「……な、に……?」
「死ぬなんて、そんな贅沢、許すわけないでしょう?」
私は彼女の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった「元・聖母」の顔。
「美月、あなたはこれから『無罪』として生き続けるのよ」
「10年前の真犯人だという疑いを一生かけられ、実の母を殺した人殺しだと指を差され、どこへ行っても居場所のない世界で、死ぬまで生きるの。……私が10年間味わった、あの地獄の中でね」
私は彼女を床に突き放し、部屋の隅に設置した隠しカメラを指差した。
「今のあなたの醜い姿、ライブ配信で全国に流しておいたわ」
◆◇◆◇
翌朝
再審の結果、母・加奈子の無罪が確定した。
釈放される母を待つカメラの列の中に、私はいない。
弁護士・如月凛は、証拠偽造と殺人未遂の容疑で、自ら警察に出頭したからだ。
取調室の小さな窓から見える空は、驚くほど澄んでいた。
「如月……いや、渡邉。後悔はないのか」
刑事が尋ねる。
「後悔? ……まさか」
私は手元の資料を眺める。
そこには、精神を病み、身元不明の浮浪者として保護された美月の近影があった。
彼女は今、鏡を見るたびに自分の顔を掻きむしり、叫び続けているという。
「私は、やってない」───
その言葉を、今度は誰一人として信じる者はいないのに。
私は満足げに微笑んだ。
私の復讐は、彼女を殺すことではなく、彼女に「渡邉結衣」を一生演じさせること。
死よりも重い、生という名の処刑。
母さんは自由になり、私は檻の中へ。
でも、これでいい。
私の血管を流れるこの「毒」を鎮めるには、この冷たくて静かな場所が、一番相応しいのだから。
カチ、カチと、取調室の時計が時を刻む。
その音は、あの日
母が連行される時に美月が鳴らした、あの勝ち誇った指の音に、よく似ていた。