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王宮舞踏会当日。ティナーシェはエメリア達と買いに行ったドレスに身を包み、マルスが来るのを待っている。
どこか変じゃないかな?
髪の毛は神女に頼んでセットして貰い、メイクも頑張ってみた。
こうしてドレスに身を包むと、五年前までは貴族の娘として育てられ過ごしてきた日々が思い出される。
淑女として落ち着いて。おしとやかに。
心掛けとは裏腹に、髪の毛を気にしてみたり、ドレスの裾を気にしてみたり。ソワソワとしながら馬車の前に立っていると、コツコツと硬いヒール音が聞こえてきた。
「あ……」
振り向いた先には、きっちりとした正装に身を包んだマルスがいた。
マルスが美男子だと言うことは知っていた。初めて会った時には天使が舞い降りてきたかと思ったくらいだし、聖騎士の制服だって似合っていた。
でも、今回のはまたすごい破壊力。
いつもは銀色の髪をサラサラと流れるままにしていたが、今はヘアオイルで後ろ向きに流され、黒と濃紺のテールコートはマルスの髪色に合わせたような銀糸で刺繍が施されている。
「マルス、凄く似合ってるね」
「そうか? ティナも今日は一段と可愛いな」
「えっ?! そ、そうかな。ありがとう」
平気で嘘をつく人だもの。真に受けないの!
ドクドクと鼓動を刻む胸を抑えながら、エスコートをしてくれるマルスの手を取った。
大聖堂から王宮まではすぐそこの距離だが、王宮内は広い。それに、貴人が歩いて出向くのは格好が付かないので、馬車に乗って出掛けるのが普通だ。そういうわけでティナーシェ達も多分に漏れず、馬車に乗り移動した。
広いホールには各地から集まった貴族で賑わっている。
もしかしたら伯爵家にいた頃の友達も来ているかもしれないと辺りを見回すが、人が多すぎて目が回りそうだ。
「なにか飲むか?」
「ええ、すごい熱気ね」
「貰ってくる」
ティナーシェから離れたマルスは、直ぐに女性から声を掛けられている。
これは飲み物を取ってくるだけでも、時間がかかりそうね。
その間に少し休んでおこうと思ったら、「ティナーシェ様」と声を掛けられた。
「ねえ、ティナーシェ様よね? 私よ、シャルレーヌ」
「あぁ! シャルレーヌ様、お久しぶりです」
伯爵家にいた頃、何度か会ったことのある女性だった。
シャルレーヌは一緒にいた女性たちにも、ティナーシェを紹介している。
「こちらはアルチュセール家のティナーシェ様よ。ティナーシェ様が伯爵家にいた頃に、時々お会いしていたのよ」
「ああ、あのアルチュセール家の! 確か領地が瘴気に襲われた際に聖力に目覚めて、ペジセルノ大聖堂へ連れられて行かれたのだと聞きましたわ」
「その話ならわたくしも聞いたことがありますわ。領地を救った時には凄い聖力だったそうだけど、いざ聖堂で聖力を測ってみたら大したこと無かった……って、ごめんなさいね、わたくしったら。余計なことを」
「いえ、いいんです。本当のことですから」
こうなる事は予想出来ていた。
それでも胸の奥は、針で刺されたようにチクリと痛む。
周りでティナーシェ達の話を聞いていた人たちも、「あの人がアルチュセール家の……」と小声で話しているのが聞こえてくる。
「それでティナーシェ様は、今日は聖女としていらしているのかしら? 伯爵家とは疎遠になっているとお聞きしましたわ」
「ええ、そうです。そろそろ私も20歳を過ぎましたので、参加したらどうかと誘われて」
「そうよね。聖女とは言え、婚約者くらいは見つけないと危ないもの。どうせ一人で来たのでしょう? それならいい男性を紹介してあげるわ。一曲も踊る相手がいないなんて、お友達に惨めな思いをさせたくないわ」
「それはどうも。ですが心配には及びませんよ、お嬢さん。彼女には俺がいれば十分なので」
グラスを持って現れたマルスは、ニコリと素敵な笑顔を作ってみせている。ティナーシェにはアレが嘘八百の作り笑顔だとすぐに分かったが、女性たちは頬を赤く染めている。
「まあ、こちらの方は……」
「聖騎士でティナーシェの専属護衛をしているマルスと申します」
「やだわ、ティナーシェ様ったら。相手が見つからないからと、護衛の方を代わりに連れてきたの?」
ティナーシェが否定するよりも先に、マルスの口は一層滑らかに動いた。
「とんでもない。ティナの隣にほかの男が立つなんて許せないからと、俺が駄々をこねたのですよ。そういう訳で折角の申し出ですが、彼女に他の男を近付けないで頂きたい。さあ、ティナ。行こう」
マルスのグラスを持っていない方の手が、ティナーシェの腰に回された。
「よくもまぁあれだけの、口から出まかせをすぐ思い付けるわね」
「口から出まかせ? 俺はティナにこれまで一度も、嘘もお世辞も言ったことないけど? はい、ワイン」
手渡されたグラスを受け取ったティナーシェは、横を向いてワインを一気に飲み干した。
身体中が熱くて、どうにかなりそうだ。
「ティナーシェ、そらからマルスさんも。いい雰囲気みたいだけれど、紹介しようかと思って」
赤毛の男性を伴って、エメリアが近付いてきた。黒い艶のある髪に真紅色のドレスがよく似合っている。ドレスを買いに行った時エメリアは、既に試着を終えていたので来ているところは見ていなかった。
「こちらは王太子のエドモント様よ」
「お、王太子殿下でいらっしゃいましたか。ペジセルノ大聖堂で聖女をしております、ティナーシェ・アルチュセールと申します」
ティナーシェが膝を折り挨拶をすると、マルスも片手を胸にあてて、折り目正しく挨拶をした。
「同じくペジセルノ大聖堂所属で聖騎士をしております、マルスです」
「君たちの事はエメリアから聞いていたよ。特にティナーシェさん」
「?」
「エメリアが最近、聖女友達が出来たと嬉しそうに話してくれてね。ドレスも一緒に買いに行ったんだって?」
「ちょ、ちょっとエドモント様!」
「良いじゃないか」
わぁ、仲良しカップルだ。
エメリアとエドモントとの婚姻話は、単純にその身分からというだけではなさそうだ。いつもの余裕たっぷりで自信家なエメリアは、今日は何だか愛らしく見える。
「貴族出身の聖女は珍しいだろう? いくら聖女に出自は関係ないとはいえ、現実はそうもいかないしね。アルチュセール家のお嬢さんが一緒に聖女としていてくれるのは、エメリアも心強いんじゃないかな」
「いえ、私はそんな……」
「そうですわ、エドモント様。ティナーシェはポンコツですから。むしろ私が支えてあげているくらいよ」
「全く君という人は。悪いね。聖力が思っていたより弱かったくらいでイジイジしているなんて腹が立つとよく言っていたけど、彼女に何かされていなかったかい?」
「えーと、ええ。今は大丈夫です」
過去を蒸し返すつもりなど毛頭ないティナーシェは、曖昧に笑ってみせた。
しばらく4人で談笑し合っていると、会場内の雰囲気が突然変わった。みんなの視線が一点に集まり、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
「こんばんは、エメリア様。ティナーシェとマルスさんも。私も会話に混ぜてもらっても宜しいかしら?」
皆の注目を浴びていたのはシルヴィー。
ホルターネックのマーメイドドレスは、シルヴィーの見事な体のラインをより一層引き立てている。
「もちろんよ。紹介するわね。こちらは王太子のエドモント様。こちらは聖女筆頭のシルヴィー様よ」
式典などに聖女も呼ばれることはよくあるので、王太子と聖女の筆頭であるシルヴィーとが初対面なのは意外だった。
そうか。エメリア様は侯爵令嬢だし、実力もシルヴィー様より劣るとはいえ優れていることには変わりない。公式な場への参加は、エメリア様が選ばれていたのね。とティナーシェは納得した。
先程エドモントが言っていた通り、出自は関係するのだ。
「お初お目にかかります。ペジセルノ大聖堂所属の聖女、シルヴィーでございます」
貴族令嬢さながらの完璧なカーテシーをしたシルヴィーは、誰がどう見ても平民出身には見えない。周りでこちらの様子を遠巻きに伺っている男性達の目は、シルヴィーに釘付けだ。
そんな中マルスだけは、シルヴィーに冷たい視線を向けている。
前々から思っていたけど、マルスはシルヴィーを好きではないのかしら?
外も中も完璧なシルヴィーの、何がそんなに気に食わないのか。
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