冒険者ギルドの地下には、石造りの重たい階段を降りた先に、広々とした訓練場が広がっていた。
壁際には粗削りの木の棚が並び、打ち傷の残る剣、刃こぼれした槍、革の籠手や練習用の盾が無造作に立てかけられている。さらに奥には藁束を詰めた人形が並び、年季の入った練習跡が幾筋も残されていた。
中央には、まるで土俵のように円形に盛り上がった舞台。その周囲には腰ほどの高さの木製柵が巡らされ、見物人が距離を取って見守れるようになっている。
そんなステージの中央には、ギルド職員のマルコとシルバープレートの冒険者ロイドが立っていた。
「逃げないでよく来たな。褒めてやるよカッパー」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるロイド。
キラキラと輝く値の張りそうなフルプレートアーマーは、まるで新車のような輝きだ。
バイスの鎧は質実剛健といった性能重視な物に対して、ロイドの物はデザインを重視したかのような作り。
フルフェイスの兜を左手に持ち、忙しなく上下に動かしているのは筋トレのつもりだろうか?
ロイドが使うであろうショートソードとタワーシールドを持たされているマルコは、荷物持ちのクセになぜそこまで勝ち誇った表情でいられるのかが理解出来ない。
それとは別に、訓練場には多くの冒険者が集まっていた。
その一角にある小さなテーブルには木箱が置かれ、中には溢れそうなほどの金貨が入っている。
その隣で必死にペンを走らせているのが、賭けの元締めなのだろう。
シルバー対カッパーなんて賭けが成立するわけがない。俺が負ければ大赤字。どんな物好きが賭けを始めたのかと目を凝らすと、そこには薄っすらと見覚えのある顔。
それに真っ先に気付いたのは、ミアであった。
「あっ……。あの人……村を襲った傭兵の……」
思い出した。ボルグたちに傭兵として雇われていた|魔術師《ウィザード》だ。
その声に反応を見せた男は、ようやく俺の存在に気が付いた。
「お、落ち着いて聞いてくれ……九条さん! 俺はもう傭兵稼業を辞めて、今はまっとうに冒険者をやってるんだ。悪い事はなにもしてねえ!」
別に咎めるつもりはなかったのだが、そのビビりようは半端じゃない。
元の世界と違って賭博は禁止されていない。ネストもバイスも乗っかっているのだ、悪いことではないのだろう。
「はぁ……」
俺が溜息をつくと、その男は耳元で声を潜めた。
「ネストとバイスはお前の強さを知ってんだろ? 俺も知ってる。大丈夫だ。お前のことは誰にも喋ってねえ。お前に賭けてる奴は俺とその二人だけだ。お前も自分に賭ければ丸儲けだぞ?」
極悪人が悪だくみをする時に浮かべるような、汚い笑顔を浮かべる男。
俺の強さを知っているこいつなら、賭けが成立するのも頷ける。
腰の革袋の中に入っているのは金貨十五枚。俺はそれを無言でテーブルへと置いた。
「へへ……。そうこなくっちゃあ」
その男は紙に俺の名前と金貨十五枚を支払った事を書き込むと、そこから一枚の金貨を取り上げ、俺へと差し出した。
「これは?」
「とっとけよ。リンゴ代だ。美味かったぜ?」
今度は極悪人とは程遠い、さわやかな笑顔。突然のことで目を丸くし、ワンテンポ遅れてそれを受け取った。
案外いい奴なのだろうか?
「よし、そろそろ始めるぞ! ルールの説明をする」
舞台の上でパンパンと手を叩き、注目を集めたのはバイスだ。模擬戦の審判を務めるのだろう。
こちら側有利の審判ではあるが、ゴールドプレート冒険者が不正なぞしないことは皆理解している。
シンと静まり返る場内。両者が舞台へと登り、お互いが対峙すると会場内は拍手と歓声に包まれた。
「ルールは戦闘講習と同じ。防御魔法が先に消失した方が負けだ」
「俺はデスマッチでもいいが、それじゃカッパーがかわいそうだからなあ。それで勘弁してやるよ」
ロイドが俺を見下し、ニヤケ顔を晒すと会場のどこからかヤジが飛ぶ。
「カッパー相手にイキってんじゃねえよ!」
もっともだ。会場内に笑いの渦が巻き起こる。
「チッ……」
舌打ちするロイド。
賭けのレートはロイドの方が圧倒的に優勢。にもかかわらず、見学している全ての者がロイドの味方というわけでもなさそうだ。
「で、勝負の回数は……どうする?」
「カッパー。お前に決めさせてやるよ」
「じゃあ、五回三本先取でお願いします。強い先輩と出来るだけ長く戦って、多くのことを学びたいので!」
「ほう、殊勝な心がけじゃねえか……」
ロイドは少々面食らっているようだが、俺はもちろんそんなこと微塵も思っておらず、一発でも多くぶん殴ろうとしか考えてない。
バイスは俺の言っている意味がわかったのか、一瞬不安そうな表情を浮かべた。
「お互いに条件は?」
「あるに決まってるだろ。カッパー、お前は俺をバカにしたんだ。その償いとして負けたらギルドを引退しろ」
「だから、カッパー相手にイキんなっつーの」
またしてもロイドに対するヤジで、会場から笑いが起こる。
「わかりました。そのかわりこちらが勝てばミアに謝ってもらいます。そして真実を公表してください」
「ミア……真実……? ああ、あのことか。いいぜ」
負けるはずがない。そう確信するかのような不敵な笑みを浮かべるロイド。
目が合ってしまったミアは、カガリの影へと隠れた。
「よし、じゃあそれぞれ使う武器をステージに用意しておけ」
ロイドはマルコから装備を受け取り、俺はレンタル用の武器棚からハンマーを四本取り外すと、それを抱えて舞台へと戻る。
コット村で借りた物とほぼ同じ、片手用のスレッジハンマーだ。
使い込まれているので細かいキズが所々に見受けられるが、使用には問題ないだろう。
手加減なぞしない。ぶっ壊す覚悟でいこう。どうせ勝てばカネが手に入るのだ。弁償はいくらでもできる。







