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プレートヘルムを被り、盾のベルトを左腕に巻き付けると腰を低くし盾を構えるロイド。
持ち上げたショートソードを右肩に担ぐその姿は、中々様になっている。
バイスの言った通り、盾で弾き返し剣で切りつけるカウンタースタイルなのだろう。
俺はというと、レンタル用のスレッジハンマーを両手に持つ二刀流スタイルで相手に挑む。
相手はタンクだ。こちら側が先手をとれるなら、付け焼刃の盾など持っても意味がない。
ならば一撃必殺を狙い、壊す覚悟でぶん殴る。
「カッパーの奴はハンマー二本持ちか。恰好だけは一丁前だな」
騒々しい外野。他人のことは聞こえないのに、自分の言われている事だけは自然と耳に入ってくる。
それ以外に辛うじて聞き取れるのは、ロイドの事とカガリの事。
模擬戦とはまったく関係のないカガリだが、いるだけで話題になるのは当然だ。
こういうイベントが盛り上がるのは、そもそも娯楽が少ないからなのだろう。改めて見渡すと結構な観客数である。
冒険者はもちろん暇そうなギルド職員まで見に来ている辺り、注目度は高そうだ。
格闘技経験のない自分にとっては、こういう場での試合というのは初めての試みではあるが、特に緊張はしていなかった。
元の世界では、大勢の前でクソ長い経典を一字一句間違えず読み上げなければならなかったのだ。
それに比べたら今の状況なんて大したことじゃない。むしろ気分は高揚している。
ミアの仇であるロイドを合法的にぶん殴れるのだから。
敢えて不安な点をあげるとすれば、相手が俺の一撃を避けずに受けてくれるかということだけである。
「補助魔法準備!」
バイスの声で、場外にいた補助魔法担当のギルド職員がプレートに手を掛ける。
「【|強化《グランド》|防御術《プロテクション》|(物理)《フィジックス》】」
「【|範囲《フィールド》|防御術《プロテクション》|(物理)《フィジックス》】」
俺とロイド、そしてステージ全体を覆うような光の薄膜。
バイスが片手を大きく上げると、静まり返る訓練場。
「準備はいいな?」
両者が無言で頷くと、バイスは上げた手を振り下ろし、試合開始を宣言した。
「始めえぇぇ!!」
「「おおおおおおおおおおお!」」
同時に上がる歓声。それに気をとられないよう目の前の敵に集中する。
「かかって来いよカッパー! 格の違いを見せつけてやるぜ!」
両者はゆっくりと前進し、ステージ中央でお互いの間合いに入った。
ロイドは右手のショートソードを前に突き出し、早く打って来いと言わんばかりに手招きをする余裕すら見せる。
ならば、お言葉に甘えるとしよう。
上半身を左に限界まで捩じると右足を一歩前へと踏み出し地面を掴む。そして俺は、右手のハンマーを全力で掬い上げた。
アッパーカットを思わせるそれは、素人感丸出しのフルスイング。単純が故に、それを避けるのは冒険者なら容易だろう。
だが、ロイドは避けなかった。
「――ッ!?」
ハンマーがロイドの盾にインパクトする瞬間、俺はロイドと目が合った。ヘルムの僅かな隙間から覗くほんの一瞬だ。
俺のハンマーがロイドの盾に弾き返され、バランスを崩したところに反撃――という筋書きだったのだろうが、結果はまったくの逆である。
ハンマーが盾にヒットした瞬間、ロイドはふわりと宙に浮いた。
それは僅か数十センチほどであったが、耳を防ぎたくなるほどの轟音が、その威力を物語っていたのだ。
金属を激しく打ちつけた音と、ガラスを盛大に割ったような音が空気を切り裂き混じり合う。
あまりの予想外の出来事に、時が止まってしまったのかと錯覚するほど。
綺麗に砕け散った防御魔法。アルミ缶を潰したかのような|歪《いびつ》な盾が、なぜか天井に突き刺さっていた。
崩れた天井の一部が破片となってパラパラと舞い落ち、盾に固定されていたガントレットからは僅かに血が滴っている。
金属の残響が鳴り止むと、静まり返った訓練場に響いたのは、痛々しい悲鳴。
「ぎゃああああ!!」
激痛に耐え兼ね、顔をしかめるロイド。
だらりと下がった左手は、関節が外れているのかピクリとも動かない。
勢いで外れてしまったガントレットが皮膚を剥ぎ、肘から下は見るも無残。人体標本の筋肉模型を思い出す。
「勝者、九条!」
「おおおおおおおおおおおお!」
バイスが勝者を宣言すると大歓声が巻き起こり、場は一気に盛り上がる。
それはなんとも多種多様。歓声、怒号、悲鳴、笑い。
そして、知らない冒険者から掛けられる声。
「おいカッパー! お前、今のどうやった!?」
それをかき消すような怒号。
「ロイド! てめえ真面目にやれ! いくら賭けてると思ってんだ!!」
嘲笑うかのように手を叩く者。
「ぎゃははは。カッパーに負けてやんの!」
「ぐううううッ……」
ロイドは両膝を地面について左手を庇い、痛みを堪えていた。
「てめえ……。なにをした……。カッパーのくせになぜこんなことが出来る!?」
「さぁな。シルバーのクセにそんなこともわからないのか?」
そんなロイドとのやり取りも観客達の声に埋もれ、一向に収まる気配を見せないそれには、流石のバイスも声を上げる。
「静かにしろ! ……マルコ。ロイドを回復してやれ。終わったらすぐ二回戦だ」
腕の皮がめくれ、血に濡れた筋が露わになっている腕を、癒しの光が包み込む。
神聖術に属する魔法である|回復術《ヒール》。それは怪我をしていない状態に巻き戻すわけではなく、あくまでも治療するだけだ。
故に表面上は元に戻るが、失われた血や気力、体力等は戻らない。
「てめええええ!!!」
腕のケガが治ると、ロイドは俺を睨みつけ、俺はそれに冷やかな視線を返す。
「お前の所為でどれだけミアが傷ついたと思ってるんだ。今の一発はミアの分だと思え……。……ちなみに次の一発もミアの分だし、その次もミアの分だ」
暴論である。だが、相手はそれだけのことをやっているのだ。
殺生はしないが、罰は受けて当然。因果応報である。
「おい、誰か。ロイドにレンタル用の盾を持ってきてやれ」
訓練で使うギルドの貸し出しタワーシールド。
先程ロイドが使っていた物より一回り小さく、レンタル用だけあって傷だらけ。
俺は曲がって使えなくなったハンマーを投げ捨てると、予備のハンマーを拾い上げる。
両者の準備が出来たことを確認し、バイスの合図で再度防御魔法がかけられると、二回戦が始まった。
「始め!」
「”鉄壁” ”要塞” ”堅牢”!!」
盾職のスキルは細かい違いがあれど、基本的には防御力を向上させるものが大半を占める。
ようやく本気になったということだろう。であれば、先程より強く殴ってもいいのだ。
鈍器適性に対する力加減は、ある程度慣れた。コット村の宿屋増設工事で握ったトンカチの数だけ、経験を積んでいるのだ。
今や元の世界と同等位にはコントロール出来るようになっている。
それもこれも棟梁のおかげではあるが、今は思い出に浸っている場合ではない。
ロイドは動く気配を見せず、ガン待ちの構え。だが、結局は同じことの繰り返し。
間合いに入るとハンマーを振り上げ、力を込めて勢いよく振り下ろす。
金属を激しく叩きつけた衝撃音が辺りに轟き、ロイドはのしかかる重圧に耐えきれず、膝をつく。
打ちつけられた盾は地面に突き刺さり、まるでスライスチーズが溶けたかのようにぐにゃりと湾曲していた。
「ぐあッ……」
防御魔法は、最早ないのも同然だ。俺の勝利は確定していた。
目の前には膝を突くロイド。丁度、殴りやすい位置に頭があった。
勝利宣言は、まだされていない。
右手のハンマーは、今の一撃でまた使い物にならなくなった。ならば左で……。
それに気づいたロイドは、必死にガードしようとするも盾は上がらず、かといって腕に食い込んだ盾との固定ベルトは、逃げることすら許さない。
「ひい!」
ロイドがどれだけの恐怖を覚えたのかはわからない。
とにかくありったけの殺意を込め、ハンマーを振り抜こうとした。
意味のない事だと知りつつも、ロイドは咄嗟に右手で頭を庇う。
「やめろ九条!!」
バイスの声で動きを止める。
紙一重。ギリギリの位置で止まったハンマーから発せられた僅かな風が、ロイドを凪いだ。
「防御魔法は最初の一発で砕けた。お前の勝ちだ……」
「チッ……。もう少しだったのに……」
計画通り。バイスが止めることを知っていて、左手のハンマーを振るったのだ。
圧倒的な実力差を見せつけ、恐怖を植え付けてやれないかと思っただけだが、それは予想以上に効いていた。
耳元で囁いた俺の一言でロイドの心は折れてしまったのだ。
「――次は止めない」
ロイドの視界の中には、湾曲した盾と地面に転がる折れ曲がった二本のハンマー。
同じ力で頭を殴られていたらどうなるかは、想像に難くない。
「なんで……。なんでこんな奴がカッパーなんだよ……。おかしいだろ……」
ロイドには目も暮れず最後のハンマーを拾い上げ振り返ると、未だ立たずにいるロイドと目が合った。
動揺を隠せず虚ろな視線は、酷く怯えていた。俺はそれを容赦なく睨みつける。
「三回戦目だ。早く立て」
それは無情にも突きつけられた死刑宣告にも聞こえただろう。
暫くすると、ロイドは立ち上がることなくそのまま敗北を宣言した。
「もういい……俺の負けだ……。全て話す……」
その声は震えていた。
「うおおおおおおおおおおおお!」
またしても会場に大歓声が巻き起こり、俺は安堵からか溜息をついた。
バイスが手を差し伸べ、それを取ると笑顔を向ける。
バイスも、遠くから見ていたネストも、その表情は穏やかであった。
その真意は俺が勝利したからではなく、ロイドを殺さなかったからだろう。
「お兄ちゃん!」
ミアは瞳に涙を溜めながらも、笑顔で迎えてくれた。
ミアを抱きかかえロイドに向き直ると、バイスが会場を鎮めロイドは真実を語り始めた。
担当を取らない困った職員がいるというのを聞いて、狙ってミアを担当にしたこと。
ミノタウロスの討伐をせず角を別の街で買い揃え、それを納品したこと。
そして、ミアをダンジョンに置き去りにしたことだ。
その話を聞いた訓練場にいた者たちの反応は、公開処刑かと思うほど辛辣であった。
ブーイングの嵐。罵詈雑言が浴びせられ、響く怒号に物を投げられたりと散々であったが、自業自得だ。
冒険者に必要な物といえば、強さはもちろんのこと、信用も重要な要素。
それを地に落とす行為。侮蔑されても文句は言えないだろう。
「すいません……。すいません……」
ロイドは俺とミアの前で土下座し、泣きながら必死に謝っていた。
ミアは、それをあっさりと許したのだ。
真実が明らかになり、自分が悪くないことが証明された。それだけで満足だと言い、俺の胸の中で泣いていた。
一生背負って生きていかなければならないと思っていた不遇な過去。それが取り除かれたのだ。感極まってしまったのだろう。
ミアが泣き止むと、ギルド職員や冒険者たちが集まり、次々に謝罪の言葉を口にしていた。
ミアはそんな彼らをぞんざいにはせず、丁寧に対応していたのだ。
――しかし、その中にマルコとニーナの姿はなかった。
――――――――――
ミアは九条と出会うまで、天使様を怨むこともあった。
(なぜ私なんかを助けたのか……)
命を救った代償がこの仕打ちなら、死んだ方がマシだとさえ考えたこともあった。
(でも、お兄ちゃんは私を信じてくれた……)
その上、広まっていた誤解を解いて見せたのだ。これ以上、なにを望むことがあろうか。
王都になんか来たくはなかった。だが、今は違う。
来てよかった――。
それが心の底から込み上げてくる正直な想いであったのだ。