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庭園はまさに物々しかった。普段なら初夏の花々を愛でに、王妃や客人が楽しそうに散策している時間帯である。
しかし今は、騎士たちがあちらこちらに点在していた。まるで、鼠一匹取り逃がさないとでも言うように。
それでも美しく咲き誇る花たちは、そんな彼らを鮮やかに彩って見せていたため、知らない者からすれば、何かのイベントをやっている、と勘違いしてしまいそうな光景だった。
まさか、公にされていない王女宮を囲む様子だと誰が思うだろうか。
「カモフラージュとしては、旨くやったな」
「多分、意図してやっていないと思うわよ、ロニのことだから」
「お前はロニを知っているようで知らないな。これくらいは出来るぞ」
少しは見直してやれ、とばかりに呆れ顔を向けられた。
「サイラス様とジェシー様」
庭園内を歩いていると、一人の騎士が二人に近づいてきた。どこかで見たような気がしたことと、共にいるサイラスが反応を示したことから、恐らくロニの側近だろうと判断した。
そんなジェシーとは違い、サイラスは何やらその騎士と話し込んでいた。
「すでにフロディーの案内で突入したらしい。俺たちも急ぐぞ」
ジェシーが頷くと、声をかけてきた騎士が先導するように駆け出した。けして早くない速度なのは、戦力外のサイラスと女性であるジェシーに合わせてくれているのだろう。
初めはそう思ったのだが、どうやらそれは検討違いだった。庭園の垣根を越えると、膝まである草に足を取られ、なかなか進めなかった。
すでに突入したのなら、道を作っていても可笑しくはなかったのに、何故このようなあまり整備されていない道を行くのだろうか。思わずジェシーは、物騒なことを口走った。
「魔法で刈ったらダメかしら」
「バカかお前は。そんなことをしたら、草むらに隠れている騎士たちに当たるだろうが」
あっ、とようやくジェシーは理解した。
「ごめんなさい」
「何でも魔法でやろうとするな。もう忘れたのか。それで怪我したんだろうが」
そうだった。周囲の警戒も把握も、目視せずに魔法だけを頼りに使ったため、先日コルネリオにやられたのだ。
道なき道を行っているのも、すでに突入したことで逃げてくる可能性があるコルネリオと出くわさないため。音を立てて歩くのも、人がいることをわざと気づかせるためだった。
そして、近くに騎士たちが潜んでいるもう一つの要因は、サイラスとジェシーが人質にされないための処置でもあった。
「あと少しですので、我慢して下さい」
前方を行く騎士にも言われてしまい、ジェシーは大人しく従った。サイラスのような言い方ではないが、暗に同じようなことを言ったのだと気づいたからだ。
『あと少しですので、“魔法は”我慢して下さい』と。
***
初めて目にした王女宮は、予想した通り寂れた宮殿だった。
どれくらい放置されていたのか、壁にはヒビが幾つもあり、草に覆われている箇所もある。幸い崩れている場所がなかったため、辛うじて人が住めるような状態だった。
ここにセレナがいるのね。
柱一つでさえ触れるのが怖く思えてしまう宮殿に、ジェシーは足を踏み入れた。
宮殿内はもう制圧済みだったのか、思ったよりも騎士たちの姿を目にした。その中に、探していた人物を見つけたジェシーは、すぐさま駆け寄った。
「ロニ!」
壁に背を預け、どこか難しい表情をしていたロニは、ジェシーの声を聞くと、逆に近づいてきた。
驚いたり、しかめっ面をしたり、怒ったりするのかと身構えていたが、むしろホッとした表情で迎い入れてくれた。
お陰で張り詰めていたジェシーの心が少し軽くなる。完全ではないのは、まだセレナの姿を見ていないからだった。
もう済ませてしまったのかしら、と不安気に話しかけた。
「こんな所で何をしているの? セレナは?」
「ちょうどそのことでジェシーを待っていたんだ」
「どういう、こと?」
セレナの身に何かあったというの?
脇腹を刺された時のコルネリオの姿が、脳裏に浮かんだ。
「フロディーの案内で突入したことは聞いた?」
「うん。そのフロディーは?」
辺りを見渡したが、姿は見えなかった。すると、ロニがすぐ横のドアを、親指を突くように指した。
「この部屋の中で、セレナを説得、いや監視してもらっているんだ」
「何でセレナを? コルネリオじゃないの?」
「俺も何でこんなことになったのか、よく分からないんだ。元々、コルネリオ側の勢力は、ランベールの側近の三人しかいなかったから、王女宮の中に兵士がいるわけじゃない。ジェシーを襲った時一緒にいたのは、仲間じゃなくて雇った奴らだった」
恐らくこの情報は、フロディーを尋問していた、あの三十分の間で聞いたのだろう。
「だから、フロディーを先頭に、まずコルネリオが普段いる場所に案内させたんだ」
「うん。セレナは後からでも保護できるものね」
「そうしてコルネリオを制圧した、その時にセレナが突然やってきて……」
思わずジェシーは一歩、ロニに近づいた。
「コルネリオを庇ったんだ」
「はぁ!!」
突然後ろから聞こえた大きな声に驚き、ジェシーはそのままロニに身を寄せた。振り向くと、サイラスがいた。よくよく考えれば当たり前のことだったが、
「驚かせないでよ!」
薄暗い王女宮の中にいるからか、心臓に悪かった。その証拠にジェシーはロニの服を握り締める。すると、ロニもドサクサに紛れて、ジェシーを引き寄せた。
「それよりも、セレナが庇ったってどういうことだ!」
「二人とも静かに。捕えるために、少し、まぁ、怪我を負わせたんだ。そしたら、セレナが」
「まさか、神聖力を?」
ゾド公爵家は、聖女の生家であるカラリッド家と姻戚関係にあるため、神聖力を有している者が、度々生まれた。セレナもまた、その一人だった。
神聖力は、攻撃を主とする魔法と違い、回復に特化した力だった。それ故、セレナが取った行動はただ一つ。コルネリオの怪我を直すこと。
肯定するように、ロニが頷く。
これではっきりした。二人は共謀していたのだと。
「でも待って。さっきロニは、私を待っていたって言ったのは、どういうことなの?」
「それは俺が説得していたら、ジェシーじゃないと話したくないって言い出したんだ」
「はぁ、ここに来てもまだセレナは、ジェシーなのか?」
サイラスが呆れた声を出した。
幼なじみと言っても、セレナはロニやサイラスに心を開いてはいなかった。それは薄々気づいていたのだろう。二人が内心、自分を人扱いしていないことに。
「セレナの意図は分からないけれど、話を聞きましょう。説得はひとまず置いといて」
ジェシーはロニから離れて、二人とそれぞれ視線を合わせた。