テラーノベル
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「本当に、好きだったよ。 でも、もうめめのこと甘やかすの、無理かも」
「違う、違うから。待って、阿部ちゃん」
「今までありがとう。俺のこと見ててくれて、優しくしてくれて」
「そんなこと、今聞きたくない」
「さようなら」
そんなやり取りをしたのは、つい1時間くらい前のことだった。
「なん…で…っ」
「それは、俺の、セリフ」
「…ぁ、や」
そのまま別れてまっすぐ帰ってきたはずなのに。いくらも経たないうちに、目黒が追ってきた。
運良く住人と共にオートロックをくぐり抜けてきたのか、部屋の前までやってきた彼は何度も何度もインターホンを押すので、阿部は仕方なく部屋へと入れざるを得なかった。
これでは、一体何のために別れを告げたのかわからない。
「…は、あ…やだ…って」
ソファの上に押し倒されて、伸し掛かられるとさすがにうまく身動きが取れず、阿部はなされるがままだった。
耳元に熱い吐息がかかり、指先がただ阿部の弱いところだけをめがけてやってくる。
「俺、何かした?」
耳の中に低く問いかけられると、思わず背筋が震えた。
キスをしようとしてくる唇からは、頭を振ってどうにか逃れる。
そんな気分じゃない。そもそも、自分たちはさっき別れ話をしたばかりなのに。そう突っぱねてしまいたいのに、指先に力が入らなくなっている。
「どうして? 俺のこと、もう好きじゃないの?」
「………」
両手をがっちり抑えられたまま、こちらを見下ろす目黒のまっすぐな瞳。その瞳はいまだ、阿部の愛を信じて疑っていない。
「阿部ちゃんは、俺といたら絶対幸せになれるよ。俺が幸せにするし、楽しませるから。俺、阿部ちゃんを思う気持ちは、絶対に誰にも負ける気がしない」
以前だったら、こんな風に言われたら胸がきゅんとしてたまらなかっただろう。だけど、今は。
「それは、めめの…理想の恋愛の話だろ」
もちろん、嬉しかった。優しくされるのも、楽しませてくれるのも、サプライズも、たまに意地悪なところも、全部、大好きだった。
だけど、ふと疑問を抱いてしまった。
いつだってブレることなく、俺が楽しませる、俺は誰にも負けない、俺の、俺に、俺を…そんな風に言う彼は、自分が相手じゃなくたってそうできるんじゃないかって。
ただ、理想の恋愛像を、こなしているだけなんじゃないかって。
阿部はいつだって目黒の全てを受け入れた。目黒の言葉を一番喜んだし、目黒の言うことなら決して疑うことなく全て信じた。目黒のしたい恋愛のルーティンを妨げたりはしなかった。だから、目黒にとってはとても心地よい相手だったんじゃないだろうか。
「ちょっと、待って」
目黒が徐ろに身体を起こした。
手を引かれて、阿部もソファに座らされる。 阿部は黙って俯いた。
「俺、バカだから、阿部ちゃんの言ってることがわからないんだけど」
「バカとかじゃ…」
自虐的な物言いに、思わず否定する。目黒は構わず続けた。
「俺の理想の恋愛ができる相手は、理想の相手ってことじゃないの?」
「え…」
「俺のすること、全部受け入れてくれる阿部ちゃんは俺の理想の相手で、阿部ちゃんがもしそれを無理やりしてるんじゃなかったら、俺たちは理想の恋人なんじゃないの?」
滔々とした言葉に阿部が顔を上げると、目の前には心底不思議そうに眉を下げた目黒の顔があった。
「それが、しんどくなっちゃったの?」
「ち…ちがう…」
「じゃあ、どうして?」
目黒の言うことは理に適いすぎていて、納得せざるを得なかった。
どうしてだか、現実味が感じられなかったのだ。彼の存在が夢みたいに素敵過ぎて、やることなすことも、全部。自分たちだって、あまりにも何もかもスムーズ過ぎて、嘘みたいだった。
「うそ、みたいに」
「嘘?」
「嘘みたいに、好き過ぎて。幸せ、過ぎたから。嘘かも、って…」
「何それ」
それきり、しばらくお互いに何も言わなかった。
阿部は、言葉にしてはじめて、自分の疑問や悩みが、好きや幸せを要因としていたことに気が付いた。
何事も過ぎるのはよくないのかもしれない。こうやって、ろくなことを考えないのだから。恋愛も、ほどよく足りない方が良いんじゃないだろうか。
「あーっ、もう。まじで焦ったって…」
突然、そう言った目黒が片手で頭を掻きむしるような仕草をした。それから、恨めしそうな目で阿部を見つめてくる。
「今回の、阿部ちゃんの罪は重いと思う」
「な、何でだよ」
「好き過ぎて気持ち疑うとか、そんなんで振られるなんて納得できない」
「……う」
確かに、目黒の言うことには一理あって、阿部は返す言葉も見つからなかった。
「精一杯、優しくシテくれたら許せると思う」
ぐいっと首に回った両腕に引き寄せられると、唇が触れそうなくらいに二人の距離が近付いた。
照れ隠しに、唇を尖らせる。
「結局、それじゃん」
「今の阿部ちゃんに口答えする権利なんてないでしょ」
「んん…」
そのまま、唇が塞がれた。
リップ音を響かせながら、唇を唇で挟むだけのキスが繰り返されると、それだけでドキドキと鼓動が早くなった。
「ベッド、行こう?」
「うん…」
結局、それじゃん。また心の中で先ほどと同じセリフを言いながら、これが、理想の恋人なんだ…と阿部は頬を真っ赤にして考えたのだった。
コメント
7件
そんな事言ってたんですか😂 追いかけてきて鬼インターホンの時点で健気すぎてキュンキュンでしたが、そりゃ押しかけますわ。 理論的に考えすぎる💚には、直感かつそれを言葉にできる🖤が最高のパートナーなのかもですね🤭
もーーーなにそれ結局ラブラブじゃんか最高かよ!🖤💚
めめあべ最高です!マジで別れ話出た時悲しい話だって思ったけど全然違ってよかった!次のめめあべも楽しみにしてます!