鏡の方に向いてしまっていた身体の向きを変える暇も与えてもらえないまま、天莉は尽に丁寧にトリートメントで髪の調子を整えられてしまう。
(もぅ絶対お尻とかお尻とかお尻とか見られまくってるじゃん! 穴があったら入りたいよぅ!)
そう思いつつ、しっかりと鏡に自分の姿が映っているのも見えるから、ギュッと抱き締めるようにしたタオルからも手が離せない天莉だ。
そんな中、自分の身体の陰になっていて、尽の裸――特に下半身――が鏡に映らないのだけは不幸中の幸いに感じられて。
(男の人の裸って……こんなに色っぽかった?)
ヒョロガリの博視と、幼い頃に見たことがあるお腹ぽっこりの父・寿史の身体しか比較対象のない天莉には、尽の裸体は破壊力があり過ぎて。
見たら駄目だと思うのに、しっかりと映っていないという安心感が手伝うのだろうか。
チラチラと鏡越し、尽の様子を確認せずにはいられない。
そんな折だった。
「ね、天莉、このまま身体も洗ってあげたいんだけど……いいかな?」
天莉のすぐそばに跪いた尽から自分のすぐ背後、耳孔に吐息を吹き込むみたいに低音イケボで問われて。
天莉は思わず「ひゃいっ!」と、肯定とも取れるような悲鳴を上げてしまっていた。
「有難う」
ふっと耳元で笑う声とともにお礼を言われた天莉は、天莉が愛用しているからと言う理由だけで尽が買って来てくれた桃の香りがするボディソープのボトルを手に取る尽を見て、サァーッと音を立てて血の気が引くのを感じた。
「あ、あのっ、尽くんっ。尽くんも身体、洗ったりしなきゃいけないでしょっ? だから……」
自分のことは自分でするよ?と言ったつもりだったのだけれど。
「ああ、洗い合いっこの提案か。……それはめちゃくちゃ唆られるお誘いだね」
と嬉し気に即答されて。
天莉は予想外の返しに「誘っ⁉︎」と驚きの声を漏らさずにはいられない。
「あ、あのっ、尽くんっ⁉︎」
「……二人で同時に洗い合えば時短にもなるし、一石二鳥だ」
なのに尽は天莉の言葉を聞く気はないのだとばかりにどんどん話を進めてしまう。
「あー、けどそうなるとスポンジがひとつしかなくて足りないか。……まぁそこは素手で洗い合えばいいよね? 手洗いだって普段は手と手をこすり合わせるだけなんだから手で撫で回して綺麗にならないと言うことはないだろう」
尽のとんでもない言葉を聞きながら、天莉はいつも自分がスポンジを使わないで身体を洗っているだなんて言えなくて。
(だって! その方が肌に優しいってどこかのサイトに書いてあったんだもん!)
尽のマンションには最初からスポンジが用意してあって……尽はスポンジ派なのかな?と思いながらも天莉、スポンジはモコモコのきめ細かい泡を作り出すためだけに使わせてもらって、洗うの自体はこっそり素手派を貫いていた。
それを見透かされたのでは?とドキドキしてしまったのだけれど、どうやらそう言うわけではないらしい。
いや、それよりも!
お互いに素手で洗い合うって何ですか⁉︎と思ってしまった天莉だ。
「あ、あのっ」
「そういえば……前に直樹が素手で洗う方が肌には優しいって言ってたな。汚れなんてものは実際、そんなにゴシゴシこすらなくても結構綺麗に落ちるんだそうだよ。だから天莉。……心配はいらないからね?」
尽が、「きっとあれは璃杜と風呂に入るために学んだ知識に違いないよね」とかつぶやくのを横目に見ながら――。
天莉は(いや、問題はそこではないんです!)と口を挟めなくてパクパクする。
「おや天莉。コイの真似かね? ホント天莉はいきなり変なことをするし……それが妙に可愛いんだから性質が悪いね」
絶対確信犯ですよね⁉︎という含み笑いを漏らす尽に、天莉は心の中、『そのお言葉、そっくりそのまま尽くんにお返しします!』と唇を戦慄かせた。
***
「お互い立った方が洗いやすいよね」
なんていう尽の言葉に流されるまま。
天莉は鏡の真ん前に立たされている。
洗い合いっこというならば、自分も尽の方を向いていなければいけないはずなのに、何故か鏡の方を向くように立たされた天莉は、いつも自分がしているようにスポンジで作り出されたフワモコ泡をたっぷり手のひらに乗っけた尽に、背後から抱きすくめられていた。
すでに背中にはたっぷりの泡が乗せられて撫でくり回された後で、背面にピッタリと密着した尽との間で、流さないままの泡がヌメヌメと肌を滑らせて、エッチな感じがしてしまう。
背後に尽の厚い胸板を密着するように押し当てられているので、彼の熱が嫌でも伝わってくる。
それが、やたらと照れ臭くて堪らない天莉だ。
それだけでもしんどいのに、尽は悪びれた様子もなく今度は天莉の身体を抱きしめるようにして前の方へ手を伸ばしてくるのだ。
お尻に、尽が腰へ巻いたタオル越し、〝何か固いもの〟が当たっている気がするのは気のせいだと信じたい。
「天莉、タオル、少し持ち上げるね?」
言われて水分を含んで重く身体に張り付いたタオルの隙間から手を差し入れられて。
「……んっ!」
スリスリッと滑りを帯びた尽の手のひらでおへそから胸の膨らみの下あたりまでをゆっくりと撫で上げられる。
「やぁ、んっ」
イヤ!とハッキリ告げたいのに、自分の手のひらとは違う大きくて武骨な尽の手の感触にゾクゾクして、媚びたような抗議の声しか出せないことに、天莉は泣きたくなった。
そうして天莉の熱を孕んだ異議なんて軽く黙殺されてしまうのだ。
尽の両手は、今や何の躊躇いもなく天莉の胸の双丘をふにふにと押し上げるように撫で回し始めていて。
「天莉の胸、ホント柔らかいよね。撫でる度、俺の手のひらに吸い付いてくる」
「そ、んなっ、感想要らなっ……!」
尽の手の動きは単純に天莉の身体を洗っているようで……それでいて何だかとってもいやらしい。
「どうして? 天莉のことを実況するの、すごく楽しいのに」
ククッとすぐ近くで嬉し気に笑われて、天莉は羞恥心でカッと身体が火照ってしまう。
尽の手のひらは傍若無人に天莉の柔肉を押しつぶしているくせに、何故か一番敏感な部分はわざと避けているように思えた。
「私は全然楽しくな、……ひゃぅ!」
楽しくない、と言おうとしたと同時、まるでそのタイミングを狙い定めたみたいに尽の大きな手のひらが、天莉の胸の先の飾りを撫でさするように押しつぶしてくるから。
天莉はたまらずに悲鳴を上げた。
「天莉、気付いてる? 俺の手の下でキミの可愛い乳首が勃ち上がって懸命に存在を主張してる……」
「それはっ。尽くんが変な触り方っ、する、からっ」
「そう? 俺は普通に洗ってあげてるだけなんだけどな?」
耳まで真っ赤にして身体を折りたたむように縮こまらせようとした天莉を、逃さないよ?と言うみたいに、背後から回された尽の腕に力がこもる。
自然、尽の手に押しつぶされるようになった胸もギュッと握られて。
突き出されたお尻に、固くなった尽の熱が押し付けられる。
なのに尽はそのことには一切言及しないで涼しい顔のままなのだ。
それが、天莉には何だか悔しくてたまらない。
「きっと天莉が敏感なだけだよ」
「んんっ」
耳朶をほんの少し甘噛みされて「可愛い」と付け加えられた天莉は、唇を噛みしめて漏れ出そうになる嬌声を懸命に押し殺した。
「さて、泡に包まれて見えなくなったし、タオル、もう要らないよね?」
「やっ、待って。下がまだ……!」
タオルをグイッと手から奪われた恥じらいから、思わず言わなくてもいいことを自己申告してしまった天莉だ。
遠ざかるタオルを絶望的な気持ちで鏡越しに目で追いながら、胸と下腹部を手で懸命に覆い隠したのだけれど。
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