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Voice 2
暖房が行き届いたサロンの一角に、今までモートが座っていた椅子に腰掛け、美術館のオーナーのヘレン・A・クリストファーは、モートを狩りに行かせたことを半ば後悔していた。
この部屋だけは、使用人に任せずに自分でやっている30個の東洋の壺の配置を元通りにすることや、みずみずしい花に水をやることも忘れていた。
あの夜。モートが産まれた絵画に描かれた女性の過去は、この世の誰も知る人はいないと思っていたが、偶然、一年前に聖パッセンジャーピジョン大学付属古代図書館の館長から気になる本があると聞いた。
その本は未だ貸出中で、ヘレンは今までそのことをずっと訝しんでいたのだ。誰が借りた? ……のではなく。何のために? 借りたのだろう? サロンの暖房で十分に暖まった身体が震えだしたヘレンは両肩を摩って堪えた。
その本は、決して一般人は借りてはいけない本だったのだ。レファレンスルームにあるその一冊の本は、死神に関して書かれた古代の本だと内密に聞きだしたのだ。ヘレンと図書館の館長は仲が良かったので、モートの出生の秘密も共有していた。
すぐに本を借りに行った日。ヘレンが図書館へと向かうと同時に、借りた人がいたのだ。
館長の話では、その借りた人は男だったという。信じられそうもない不思議な出来事だった。貸した図書館員も老いているわけではなく。ましてや金を渡されたわけでもない。
真面目な若い女性だったという。だが、自然と決して貸してはいけない本を、その男に貸してしまったのだという。
偶然にしては全てができ過ぎのように思えた。まるで、運命の歯車がいびつにピッタリと合わさってしまったかのような。
ヘレンはその男もモートと同じような不思議な男なのではと心の片隅で思った。
椅子から立ち上がり。このサロンの窓の外を覗くと、巨大で真っ白な満月が天空に浮かんでいた。
ヘレンはいつもこんな夜だと思った。
そう、モートが狩りに行く日は。
Voice 3
モートはデパートや三角屋根の連なる霜の降りる住宅街。真っ白な雪の中の郵便局。銀世界から来たような凍った銀行やビルディングを飛び越えていく。その姿はさながら大鎌を持つ死神だったが、モートは建物を壊さないようにとかなり気をつけていた。
しばらくして、アリスの家が見えてきてヒルズタウンへと到着した。
アリスの家は、家というよりは豪邸だった。
普通の家が60個くらい一緒になったような大きさの豪邸を見回して、モートは不思議に思い首を傾げた。こんなところで黒い魂が関係しているのだろうか? アリスの性格からして家族も友人も円満のように思えた。
金持ちだからといって、決して黒い魂が関与するわけではない。
モートは窓際の雪をどかして、アリスの部屋の中を注意深く観察することにした。失礼だとは思うが飾ってある花瓶に顔を出して、部屋全体を覗いた。
何故なら複数の男の話し声がしたからだ。
モートは壁や天井、床を通り抜けることができるのだ。
どうやら、許嫁や求婚者などの婚姻関係での話だったようだ。
だが、五人もの男がアリスの部屋にいて、アリスそっちのけで激しい言い合いをしていた。
その一人は内ポケットに毒薬を隠しているのを、モートは気が付いた。長期間に渡って、普通の状態からいつの間にか心臓発作を起こすような毒の類だった。けれども、その男の魂は黄色だった。
何故? 黄色の魂なのだろうか? と、モートは首を傾げた。黄色は喜びを表わしている時だ。花瓶のところから、次第にモートは謎を解き明かそうとしていた。
部屋は徐々に五人の男たちの話し合いが、激しい口論に変わってきていた。アリスは困惑しているようだ。これまで、恐らくは一度もなかった体験だったのだろう。
最初に結婚を申し込んだのは……誰だ?
モートは考えた。
毒薬を隠している男の魂の色が黒に近い灰色になりだした。
激しい口論の中で、その男が多額の借金の返済に困っている節がでていた。ホワイト・シティでは、借金の返済に困るものには、黒い魂を持つものもいる。そこまでモートは考えた。
アリスが死亡した場合の遺産は莫大な金額だろうし、いずれにしても結婚後は借金の返済に困ることはないはずだ。
無論、その男が最初にアリスと結婚をすると言いだせば、他の男も黙ってはいなかったのだろう。黄色の魂はアリスと結婚できるんだという。一時だけの安堵感からくるものだったようだ。毒薬の用途は違う使い道にも応用できるのかも知れない。いずれにしても、魂の色は罪を表わす黒に近いのだ。
そこまで考えたモートだったが……。