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その日の夜は、共栄を早めに寝かしつけて、ひよりと智明はふたりだけのパーティーを楽しんでいた。自宅のルーフバルコニーにある、パラソル付きのテーブルセット。
そこに並べられた、色とりどりの小鉢。
通販で買った木製のベンチに腰掛けて、春の夜風に包まれながら、ゆったりと過ごす時間は仕合わせだった。
アロマキャンドルの炎が、ウッドデッキの可愛い菜園を照らしている。
白くて大きな月と、黄色く瞬く星明かり。
周囲に建物はなく、7階から見える目線の先には、新宿の高層ビル群が霞んで見えている。
普段であれば、人工的な光が新宿の街を飾っているが、管理する人々がいなくなった今、ビル群の輪郭だけが月明かりに浮かんでいた。
それもこれも、東京ジェノサイドの所為なのだとひよりは考えながら、江戸切子に注がれた芋焼酎をクイっと呑んだ。
酒は得意ではないにしても、智明が数日前から仕込んでくれた、この前割り焼酎だけはひよりのお気に入りなのだ。
安価な芋焼酎を、ミネラルウォーターで割って1日寝かせる。
「こうすると、味がまろやかになって飲みやすいよ」
と、智明は自慢げに言っていた。
バルコニーに通じる扉に、村長さんの尻尾の影が見えている。
ひよりはその不規則な動きに。
「ごめんね村長さん」
と呟いた。
智明が黒い皿を持って、ベンチ脇のミニテーブルに置いた。
「お待ちどうさま」
隣に腰掛ける智明から、風呂上がりの石鹸の匂いがした。
皿を見ながら智明が続ける。
「超質素だけど、なんちゃって豪華小鉢です。いやいや、卵とかね、あっという間にスーパーの棚からなくなる」
そう言うと、智明も焼酎を飲んだ。
氷がグラスに触れる音が心地良かった。
「でも美味しそう」
ひよりは皿を眺めながら感心した。
エリンギのオリーブオイル炭火焼。
カイワレとツナのナッツサラダ。
鯖味噌缶のチーズ焼き。
どれも見た目が華やかで、非常食を駆使しながら作った料理は、素晴らしい出来栄えだった。
智明は、心豊かに生活を楽しむ才能に長けていた。
ひよりは、そんな性格も大好きだった。
ふたりきりで食事をしながらグラスを傾ける。
異世界で、星空を独り占めしている気がした。