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彼と付き合ってからの夏は今まで感じたことのない感覚でいっぱいになる。
気がつけば8月30日になっていた。
彼に忘れられる日が徐々に近付いてきている。
あと少し、あと少しでこの思い出は無かったことにされる。
彼の頭の中からは私と付き合っていたという事実が消しさられる。
悔しいような寂しいような、そんな感覚が私の心の中で渦を巻いている。
太陽が照りつけている。
アスファルトが太陽の熱を帯びて私の足元に感じている気がする。
首筋には汗がつたっている。
元々白かった肌が今では小麦色にすっかり焼けてしまっている。
ふと足を止めたのは海の前だった。
砂浜を歩く音だけが私の頭の中に響いている。
何も考えられない。
サンダルを脱いで足を水につけた。
冷たくて私の心が浄化されているよう。
「蒼汰…。」
もう過去の人なのは分かっている。
けれど私はいつまでも彼が忘れられないのだ。
そして薄々気がついていた。
私は奏汰ではなく蒼汰のことが好きなのだ。
奏汰を蒼汰と重ねて見ている。
奏汰と居れば蒼汰といる気になって幸せだと感じる。
けれどそれは本物の幸せでは無いのだと思う。
ただ私は奏汰を利用して夏休みという一時の感情に浸っているだけ。
夏に溺れている。
水遊びに飽きてしまい私はサンダルを履きそのまま近くのコンビニへと足を運んだ。
彼が好きだったアイスを買って食べながら帰る。
好きだとかいう適当な幻想に身を委ねて。
炎天下の中だからアイスが徐々に溶けていく。
アスファルトに一滴ずつ落ちて行く。
私の心も溶けていくみたいに彼に堕ちている。
ベッドに寝っ転がってスマホを開く。
カメラロールを開くとそこには沢山の蒼汰の写真がある。
一度も、奏汰の写真を撮ったことが無かったみたい。
ものすごい罪悪感に襲われる。
奏汰の連絡先へと電話を掛けた。
「もしもし、」
落ち着いているいつもの奏汰の声。
「奏汰、話したいことがあるの。」
「今夜、空いてる?」
「うんじゃあ、また。」
涙を堪えてるくせに気飾って普通のふりをする。
馬鹿らしい。
結局こうなることは分かってた。
分かってたくせに寂しさを埋める為に奏汰を利用した。
最低だ。
私の心には蒼汰以外の人が誰ひとりとしていない。
蒼汰にずっと前から心を奪われていた。
一度でいいから彼に直接「愛してる」と言えばよかった。
後悔だけが私の心を覆っている。
何かを手にしようと必死に伸ばしているくせに何ひとつとして手に入れられない。
誰も私の手を、掴んではくれない。
なんだか無性に腹が立つ。
無意識に外へ飛び出して走っていた。
行く宛など無い。
ただ、行かなければならない気がする。
立ち止まったのはやはり、海辺だった。
なんだか久々に本気で走って疲れてしまった。
防波堤を背にして砂浜に腰掛ける。
波が私の心を攫っていくみたい。
静かに目を閉じてゆっくりと開けた。
先程まで日が落ちていきそうだったのに突然暗くなった。
そしてそこには私が居た。
海の中へ連れて行かれるみたいに進んでいる。
ただ静かにゆっくりと。
何人もの私がただ静かに海の中へ沈んでいく。
ようやく思い出した。
私は今まで自ら死を選んでいたのだ。
事故なんかじゃない。
また瞼を閉じ、開くとそこは同じような明るさだった。
黄昏時。
唐突に私は死にたくなった。