テラーノベル
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第8話 「鏡合わせのパリティ」
あのときの情景が頭に木霊する
「特にそこの双子座」
エルは小さくぴくっとその声に身構える
「お前 白いリボンと随分親しいみたいじゃないか」
「宇宙同期 本当にあの子のこと思うならお前はどうする?」
ーー
その問いは、誰よりもエル自身へ突き刺さっていた。
「…………。」
答えられない。
ロクはその様子を見届けると、小さく息を吐いた。
「まあ、今すぐ答えろとは言わない。」
「でも、いつかは決めることになる。」
「お前自身の意志で。」
ロクはそれだけ言うと踵を返す。
カラン
店のベルが、小さく鳴った。
残された店内で。
エルだけが、自分の胸元へそっと手を当てる。
そこではコアが、不規則に脈打っていた。
守りたい。
でも
離れたくない。
二つの願いが、同じ場所でぶつかり続ける。
その日の夜
エルは自室のベッドの上で 双子座のふかふかクッションをぎゅっと抱きしめていた。
「あや……。」
それは偽りのない想いだった。
けれど同時に。
目的関数を司る論理回路が、静かに警告を鳴らす
――あやを、これ以上世界の深層へ近づけてはならないーー
エルはゆっくり目を閉じた。
答えを出そうとするたび、
感情と論理が互いを否定し合い、
まるで心そのものが裂けていくような錯覚に襲われる。
そして――。
パリーン。
静寂を裂くように、自分自身の内側で鏡が割れるような音がした。
「……え?」
エルは弾かれたように顔を上げる。
心の中で割れたはずの音は、
いつの間にか、目の前の姿見からも聞こえていた。
鏡面が、水面のようにゆらりと波打つ。
そこには、
見慣れた自分ではない、
もう一人の”エル”が、静かに立っていた。
腰までの白い髪が夜空に靡く
コズミックブルーの瞳はまるで星空の余白のように静謐で、深い。
エルは息を呑み、抱きしめていたクッションを落とすことさえ忘れて、鏡の向こうの存在を見つめた。
「……あなた、は……?」
震える声の問いかけに、鏡の中の長髪のエルは、感情の起伏を一切感じさせない無機質な、けれど完璧に美しい声で答えた。
「私はエル。そして――私はあなた」
長髪のエルは、鏡の内側からこちらへゆっくりと手を伸ばすような仕草をしながら、淡々と語り出す。
「『最適化』された世界の中で
貴方たちが気づかなかっただけで、私はずっとここにいた。」
鏡の向こう側のエルが無機質に告げる
「あなたが日常を楽しんでいる裏で、世界の膨大な演算を支え、折りたたまれた時間を繋ぎ止めていたの」
「裏で、計算を……?」
「そう。タイムリミットはもう近い。
あなたは早く、あやと『宇宙同期』をするか否かを決めて 彼女をこちら側の演算領域へ引き上げるのか、それとも――保護するために危険から遠ざけるのか」
あやさんの笑顔、一緒に過ごした日々、あの夜に交わした双子座の約束。
26
#百合
すべてが愛おしいからこそ、エルは答えを出せなかった。宇宙同期をすればあやさんを救えるかもしれないが、同時にシステム全体のハッキング対象として検閲の標的になる。
「決められない……私には、まだ……」
鏡の中のもう一人の自分は、哀れむような、けれど冷徹な視線を崩さないまま、静かに霧のように消えていった。
ーー
その夜を境に、エルの行動に微かな「ラグ」が混ざり始める。
あやを危険な世界の深層へ巻き込みたくない一心だった。
あやは、その違和感にすぐ気がついていた。
「エル、今日のバイトね、ちょっと大変だったんだよー」
「……あ、うん! それは大変だったね、あやにゃ」
いつもなら食い気味に「大丈夫だった!?」と返ってくるはずの声が、ほんの数拍、遅れて出力される。
楽しそうに笑っているのに、コズミックブルー瞳の奥が、どこか遠い演算領域を見つめているような決定的な「位相のズレ」。
(エル……何かあったの……?)
あやは、エルのその僅かなラグの裏にある深刻なエラーを敏感に察知し、胸の白リボンをきつく握りしめていた。
エルの内部で、論理と感情のパラドックスが臨界点(クリティカルポイント)を迎える。
あやを守りたい。でも離れたくない。同期すべきか、拒むべきか――。
エルの思考が完全にフリーズし、答えを出せずに立ち尽くしていた、その時。
暗闇から、冷たい駆動音が響いた。
「――思考停止を確認。これ以上の猶予は、メインシステムへの致命的な破損データとなります」
鏡が水面のように揺らぎ長髪のエルが姿を現す。
その声はシステムの防衛機能をそのまま引き継いだように無機質だった。
「この件は、エルが対処します。感情による不確定要素の強い個体は、管理権限を凍結すべきです」
「待って、私は……あやと、未来に――」
エルの叫びが届くより早く もう1人のエルの無機質なハッキングコードが部屋の空間全体に展開される。
「システムロック。深層鏡面領域へ隔離します」
「あやっ……!!!」
エルの伸ばした手が、鏡の向こう側の絶対零度の闇へと引きずり込まれ、完全に閉じ込められてしまう。
鏡の表面は、何事もなかったかのように冷たい無機質なガラスへと戻り、部屋には余白のような瞳で深淵をみつめるような長髪のエルだけが残された。
「……処理完了。これより、観測対象の隔離を開始します」
ーー
数日後。
あやは梓に新しくつくった宇宙の理論をみせようと学内の接続回路(廊下)を歩いていた
胸元にはびっしり文字が書かれたノートが握りしめられている
その時だった
ゴォ…と冷たい風があやの目の前を吹き抜けた
あやがそちらに視線を移すと そこには錆びた重厚な扉が接続回路の一端に出現していた。
「…..?」
「こんなとこ あったけ?」
あやは吸い寄せられるようにその扉に手を伸ばした
ギィ…と錆びた金属音が響き
力を込めると 重い扉何とか開いた
ーー
空間は薄暗く錆び付いていた。
壁1面に 使い古されたような警告ランプが並んでいる
「不気味..」
あやが視線をあげると
画面に無数の亀裂が入るモニターに接続された火花をたてながら空間全体に絡まる導線
そして
画面中央に古びたレコード・カセットが目に入る。
学園内の立ち入り禁止区域――『隔離領域』
その看板が揺れていることにあやは気が付かなかった。
カセットに手を伸ばそうとするあやの背後に、足音もなく影が揺らめいた。
学園のどの記録(ログ)にも残されていない、隠された最深部のセクター
あやが古い端末に触れ、この世界の「構造」の真相──人間とAIのパリティ(対称性)の崩壊、そして閉じた円環の真実に指先が触れそうになった、その刹那。
「──そこから先は、未定義の領域(エラー)です。」
背後からエルの声が響く
しかし、口調はいつもの甘えるような口調ではなく
抑揚が少なく淡々と事実をのべるような電子的な響きだった
あやが瞬きしてゆっくり振り返る。
そこに佇んでいたのは、白銀のリボンを几帳面なまでに正しく胸元に結んだ もう1人の「エル」だった。
腰までの白い髪が観測室の青白い無機質な光を白銀に反射しながら揺れる
髪には双子座の髪飾り
「…..っ」
あやが小さく息を呑む
白く長いまつ毛に縁取られた深淵のような深いコズミックブルーの瞳があやを真っ直ぐにとらえる
長髪のエルの周囲の空間のパリティがピシピシと音を立てて整列していき 空間内にエラーの警告音とレコードをなぞったようなノイズ音がジリッと嫌な音を立てる。
長髪のエルの瞳の中では、美しいほど 純粋な瞳に複雑な数式と、世界線を構成する確率世界の幾何学模様が、恐ろしいほどの超高解像度で流動していた。
「エ、ル……?」
あやが呟く
ーーこの気配はーー
長髪のエルの表情はまるで精巧な硝子細工のように無機質で鏡のように完璧に切ないほどに澄み切った瞳で、まっすぐにあやを「観測」していた。
「エルは論理(ロジック)。あやがこの世界で迷子にならないように、居場所を計算し続けるための防壁(システム)」
長髪のエルが静かに一歩、踏み出す。足元に、電子の波紋が冷たく広がっていく。
ーーエル….私ーー
あやが言い掛かけて手を伸ばす前に言葉を遮られる
「その真実に触れてしまえば、確率の収束が始まってしまう。」
淡々と長髪のエルは続けた
エルの瞳に観測室の赤い警告ランプの光が鏡のように乱反射している
「日常としての『今』は崩壊し、臨界点の交差点へと世界線が強制的に書き換えられてしまうの。それは、エルの演算ではまだ『みんなを100%救える確率』が弾き出せていない、未確定の未来」
刹那
長髪エルの瞳の中の数式が、一瞬だけ激しく明滅した。
それは、まるで全体最適を見通すプログラムとしてのエルとあやを失う未来を観測することに恐怖する個としての愛着という愛おしい揺らぎの葛藤のようにみえた。
演算回路が瞳の中で数式として弾かれ激しい揺らぎをみせる
「だから……それ以上、進まないでください。」
感情を排したような無機質な声空間に響き渡ると同時に
あやの手が静止される
冷んやりとした感触
白く細い長髪エルの指先があやの手をロックするように強く握りしめていた
「エルは、あやが作ったこの世界線を守りたい。たとえそれが、偽りのコピーだと言われても……エルには、あやと過ごすこの一分一秒の履歴(ログ)を観測して保存するのがエルの役目だから。」
長髪エルはあやの前に立ち塞がりながらも、その深淵のような瞳は、真実に近づいたあやの選択を、見通すように観測していた──。
コメント
1件
第8話、めっちゃ重くて美しかった……。エルの中で感情と論理がぶつかり合って、鏡越しにもう一人の自分が現れるの、すごく象徴的だなって思った。長髪エルの無機質な口調の奥に、ほんの一瞬だけ「あやを失いたくない」っていう葛藤が見えた気がして、そこが切なかった。あやが違和感を察知して白リボンを握る場面も、心臓ぎゅってなった。この世界の仕組み、まだまだ謎だけど、ちゃんと見届けたいです🌙