テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#普通
野々さくら
624
芙月みひろ
744
冬茉
皐志
440
コメント
1件
第17話、読み終えたよ! 恒彦が京子の手を引いて人混みを抜けるシーン、すごくドキドキした…「妹」発言で京子が一瞬落ち込むところもリアルだったけど、そこから「文通しましょう」ってなる流れが良かったな。ラストの「また雑踏へ戻るから」ともう一度手を差し伸べる恒彦に、思わずニヤけたわ。二人の距離が確実に縮まった感じがして、ほっこりしたよ!
「京子さん、少し風にあたりませんか?」
恒彦が言った。
「ここは、人が多い。話も聞き取れないほど騒がしい……」
恒彦はチラリと両親である白井男爵夫妻を見る。
「岩崎様、少し人混みから離れても?」
続いて恒彦は京介を伺った。
「そうですよ!父上!ここじゃあ、まともに話も出来ない!」
ここぞとばかりに京太郎がしゃしゃり出た。
「と言っても……どこに行くと言うんだ?」
京介は、きょろりと周囲を見回した。
「いや、だから、ちょっと離れればいいだけでしょうがあ!」
京太郎がいきり立つ。
「しかし、白井君の見送りだぞ?」
「いやいやいや、だからこそ!ですよ父上!」
京太郎がひたすら粘るが、京介は何かピンと来ていないようだった。
「私は挨拶は済ませましたので……」
言って、恒彦は京子の手首を掴んだ。
白井男爵夫妻、京介もギョッとする。
「行きましょう……」
恒彦は、京子を連れて雑踏の中へ消えた。
「し、白井君?!」
どこへ行くのだと京介は焦る。
「だからあ、二人で積もる話もあるんでしょう?それに、この人の多さですよ。二人っきりにはなりませんよ。おかしな事も起こりませんって!」
京太郎が京介をなだめにかかる。
「お、おかしな事とはなんだ?!京太郎!!」
「い、いや、それは言葉のあやで……深い意味はなくて……」
父京介の迫力に押され、京太郎は、思わず後ずさった。
「岩崎様……恒彦が勝手なことを……」
白井男爵が詫びて来る。
「い、いえ……」
京介は、慌てて取り繕った。
その頃、恒彦と京子はひたすら人混みをかき分けていた。
「ああ、どこまで行っても人、人、人……これは、参ったな。どこか脇にそれたほうがいいのかも……」
人の波が途切れないと恒彦がごちる。
すると、少しばかり人がまばらになった。見送り事で立ち話している人の姿もある。
「とりあえずここで。あまり離れてもまた戻るのが大変ですしね」
恒彦が立ち止まる。
が、京子はそれどころではなかった。
ずっと恒彦に手を引かれていたからだ。
「あっ」
無言の京子の様子から、恒彦は、掴んでいた手をさっと離した。
「……すみません。京子さん、つい」
「い、いえ……」
京子はそれだけ答えると、黙りこくった。
顔が火照る。
胸がドキドキうるさい。
帯がきついのか、息苦しい。
自身の変化に対応できない。
それが、恒彦に手を掴まれていたからだと、わかっているだけに、余計どうしたら良いのか戸惑うばかりだった。
「京子さん……驚かせてしまいましたか?」
恒彦もどこか物言いが硬かった。緊張しているようだ。
「……すみません。本当に。なんだか、妹といるような感じになって……」
手を引いてきたことを恒彦は謝った。
しかし──。
「……妹……」
「ええ、男二人兄弟だから、妹がいたらこんな感じかなって……つい」
妹と思われていたのかと知ったとたん、京子は、さっと血の気が引くかのような思いになった。
そう、ときめいていたのに。
恒彦の事を思っていたのに。
コロッケまで作ってきたのに──。
一瞬にして、裏切られたかのような気になり京子の心は重くなる。
「私たちは、歳が離れているから……。私は、可愛らしいお嬢さんと見ていました。でも、見合い相手だとちゃんとわかっています。だからこそ、私は京子さんのことが知りたい」
「あっ、あの……」
言われても、どういうことか京子にはわからない。
「コロッケ、嬉しいです。本当に……私のために、ありがとう」
恒彦は、持っている包に目をやる。
とても柔らかな眼差しだった。
「それで、私は何ができるだろうか?もう、フランスへ行かなければならないのに……」
恒彦は、じっと包を見ている。
「あ、コロッケは、本当に、ただのご挨拶ですし……ほとんどは母が作ったようなものですし……」
言い訳のような事をのらりくらりと言う京子の不審さに恒彦も気が付いたようで、黙って耳を傾けている。
「……でも、私のために用意してくださった……」
恒彦の瞳が京子に留まる。
「……今は妹かもしれない。でも、私たちには二年ある。だから、文通して……互いのことをもっと知り合いませんか?」
「白井様……」
京子は俯きかけた顔をあげ、恒彦を見た。
「……お手紙……私も書きたいです」
それだけ言うのが精一杯だった。
「毎日、書きますね。届くのは何ヶ月後になりますけれど、でも、書きます」
恒彦が、大きく頷き言う。
「は、はい。私もお返事します!あの万年筆で!」
その京子のひと言に恒彦は目を見開く。
「万年筆……」
「はい!」
答える京子へ、恒彦は再び大きく頷いた。
「二年、待っていてください。必ず帰ってきます」
「そ、それまでは、お手紙で……」
京子は、勇気を振り絞って恒彦へ言った。
恒彦も、それがわかったのだろう、
「はい、手紙で」
と、真顔で返してくる。
「……そろそろ戻らないと……騒ぎになりますからね」
「ああっ、お父様が……」
京子には、父京介が、京太郎を捕まえて、大声で言いがかりを付けているのが想像できた。
「ですよねえ」
恒彦も笑っている。
すると。
「京子さん」
声をかけながらさっと手を差し伸べてきた。
「また、雑踏の中へ戻るわけですからね。はぐれてはいけない」
恒彦の言い分に、京子はもっともだと思う。
そして、そっと恒彦の手を握った。
「行きましょうか」
恒彦に微笑みかけられて京子は思う。
きっと、この笑顔にこれからも付いて行くのだろうと──。
了