館の寝室は、無駄に広かった。
「……これは、いくらなんでも広すぎるだろう」
セリオは腕を組み、寝室の真ん中に立って天井を見上げた。天井は高く、壁には古びた絵画や魔族の紋章が彫り込まれている。カーテン付きの大きな窓が並び、月明かりが薄く差し込んでいた。
そして、部屋の中央には異様に大きなベッドが鎮座している。
「……なんだ、このベッドは」
「前の住人は魔界の貴族だったからね。おそらく、このサイズで普通だったのでしょう」
リゼリアが淡々と答える。
「普通……?」
セリオは呆れたようにベッドを見つめた。どう見ても四、五人は余裕で寝られるほどの大きさだ。しかも、装飾が豪華すぎる。彫刻が施された黒檀のフレーム、漆黒の天蓋、紫のシルクのシーツ……まるで王族の寝室だ。
「こんな広さは必要ない。ベッドももっと普通の大きさのものに変えられないのか?」
「うーん、それなら家具ごと変えるか……ベッドを改造して小さくする方法もあるわね」
リゼリアは顎に手を当て、思案するように天井を見上げる。
「どうする?」
「どうするって……」
セリオは困惑しながら、改めて部屋を見回した。
確かに広々としているのは悪くない。しかし、あまりにも貴族趣味が過ぎる。シンプルな寝室に慣れていた彼にとって、この装飾の過剰さは落ち着かない。
「……まあ、最低限寝られればいいんだが」
「じゃあ、まずは掃除ね」
リゼリアが杖を振るうと、部屋の四隅から魔法の風が巻き起こり、ホコリが舞い上がる。
「うっ……!?」
セリオは思わず目を押さえた。
「ごめんなさい、思ったより埃が溜まってたわね」
リゼリアは軽く咳払いをしながら、魔法の力で埃をまとめ、窓を開けて外に追い出す。
「さて、次はベッドね」
リゼリアが手をかざすと、黒檀のフレームが軽く揺れ、ぎしぎしと音を立てる。
「……この素材、簡単に壊せるものじゃないわね。魔界の上級職人が作ったものみたい」
「なら、無理に小さくするのはやめて、せめて装飾を削るとか……」
「それならできるかも。装飾をシンプルにする魔術を使ってみるわ」
リゼリアが杖を振ると、ベッドの豪華な彫刻が徐々に滑らかになり、シンプルなデザインへと変化していく。
「おお……」
「どう? これなら落ち着くでしょう?」
「まあ、さっきよりはマシだな」
セリオはベッドの端に手を置き、少しだけ沈み込む感触を確かめた。
「よし、とりあえずこれでいいか。あとは……」
彼がそう言いかけた瞬間、リゼリアがベッドに腰を下ろし、ぽふんとシーツに沈み込んだ。
「このベッド、結構寝心地いいわね」
「おい、勝手に試すな」
「だって気になるじゃない」
リゼリアは悪びれもせず、軽く寝返りを打つ。長く白い髪がシーツに広がり、どこか幻想的な光景だった。
「……お前の寝床じゃないぞ」
「知ってるわよ。でも、セリオがどんな寝室で寝るのか気になって」
リゼリアはくすっと笑い、杖を軽く振るう。すると、天蓋のカーテンがふわりと揺れ、月明かりが優しく差し込んだ。
「……まあ、今日の作業はこれくらいにしましょうか」
セリオは肩をすくめ、深いため息をつく。
寝室のリフォームはまだ始まったばかりだ。
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