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第十四話 仲がいいのか悪いのか【視点・氷室 零】
──寒い。
布団からはみ出ている手を伝って震えが入ってくる。
急いで手を中にしまい込むが温まった箇所と触れて冷気が余計に際立つ。
窓から差し込む光でゆっくりと目を開く。
白い無地の天井に似つかわしい貧相なシャンデリラ。
前の一件からこの部屋が……いや、紅魔館全体が冷気に包まれている。
乾燥しきった空気が鼻から脳みそを刺激する。
だが、残念なことに俺は執事長に無理矢理任命されてしまったので、仕事はしなければならない。
「面倒くせぇ……」
怠けを抑えて、頭上の時計へと手を伸ばす。
時間は5時47分まだ少し寝れるな、後もう少し布団の中で温まろ──ん? 何かが布団の中で動いているような……。
籠った熱を犠牲に中を確認する……と……。
「おはよ!」
レミリアの妹、フランドールが潜り込んでいた。
「──何してんだテメェ!?!?」
驚きのあまり、布団をひっくり返してしまった。
全身に刺さる寒気をかろうじて抑える。
眠気と気怠さは何処へやら、急に動いた反動で若干のふらつきと、自分でも聞こえるぐらい鼓動がトんでいるのが分かった
「え? 寝てた!」
自分の部屋は? いつからそこに? どうやって鍵を空けた?
質問事項はどんどん思い浮かぶが、言葉に出力されない。
半ばパニックになった頭がフル回転している。
酸素供給のために荒々しく吸いこんだ冷気は肺と脳みそを刺しているくせに、吐いた息は熱気を持っていた。
「ちょっと、待て……とりあえず部屋出ろお前」
「えーなんでー?」
「着替えるからだマヌケ!!」
フランドール……以降はドールと呼ぶか。
そいつの首根っこを掴み、ドアの外へ放り投げ、バタンと壊れたかと思うほどの音を立てて閉める。
部屋に残っていた僅かな熱気も外に逃げていく。
ド畜生……着替えるのが余計に辛くなった……。
寝間着を脱ぎ、震える身体を抑えながらワイシャツのボタンを上から締めて、ズボン、ネクタイ、スーツの順に着替え、最後に片手袋と片耳にイヤホン、片眼鏡──モノクルを付ける。
「あ”ー……さっむい」
堪えきれずに吐いた言葉に熱気はもう籠っていなかった。
時計を見ると5時56分、着替えてから二度寝でもしようと考えていたが、そんな時間も消えていた。
仕方ない、あと3分ほどの時間をボーッと過ごそう。
そう考えているのもつかの間、喧しい音を立てながら満面の笑顔で入ってきた奴が一人……いや一体。
「終わったー?」
「俺が出るまで待てやァ!」
あ”ーもう……面倒くさいのが増えた。
──────────────────────
廊下の端から端まで伸び切った深紅の絨毯を歩く。
歩いている音がしないほどフカフカ。
規則的に配置された窓を拭くたびに外の風景をよく見る。
時間は7時過ぎぐらい。日は昇り始めて暗闇が退いていくはずだがこの向きの窓ではそれを確認できない。
「あら、おはよう氷室、体調はどうかしら?」
「寒すぎて風邪引く」
木製の扉がいつもよりもゆっくりと開く。
微かに消毒液の匂いと共にかりちゅまが出てきた。
普段のように明るく振る舞っているが、首元からチラチラ見える包帯が回復していないことを物語っている。
薬品のような匂いもここからだろう。
「あら、そんなにチラチラ見ても何にもないわよ」
「ガキには興味ない。 傷の方は大丈夫なのか?」
「見ての通り万全よ!」
心配無用とでも言いたげなポーズをとっているが、その動きはどこかぎこちなく見えた。
歩けているなら大丈夫だろう。
刹那、左下の視界から突風と共に、黒い影が横切る。
それはけたたましい声をあげながら、かりちゅまにぶつかった。
「お姉様〜!!」
「グフッ……!」
「……あーあ」
先程の余裕は何処へやら、かりちゅまは情けないうめき声を上げながら蹲り、足をバタバタ振っている。
そして、ぶつけた張本人はかりちゅまの妹、ドールだ。
金髪を揺らし、紅い瞳をパチクリとさせてキョトンとしている。
「お姉様? 大丈夫?」
「だい、じょう、ぶ……」
「いやどう見てもダメだろ。 ドール、怪我人に突っ込んでいくな」
「えー、ドールって私のこと?」
呼ばれ方が不服なんだろう。
頬を大きく膨らませながらプイっと、そっぽを向きながら「はーい」と若干大声で返答をしてくる。
「つーか……吸血鬼なのに回復遅くね? 血はやらんぞ」
「私は生まれつき魔力を生み出せないのよ……血を栄養として得ることは出来ても、魔力に変換することが出来ないから貴方の考えているような再生能力はないってこと。 それと血は要らないわよ、言われたとしても貰わないわ」
かりちゅまは毅然と振る舞っているが、その表情にはどこか影があるように見えた。
「おはようございます、お嬢様、妹様」
気配なく、背後から華奢な声が聞こえる。
駄メイドこと、十六夜咲夜。また時間を止めて近づいて来たのだろう。
慣れ始めたつもりだが、音沙汰なしにやられると心臓に悪い。
「それと、氷室?」
ピンと張った姿勢を崩さず、銀色の瞳だけをギロリと動かして睨みつけてきた。
心当たりしかない。
「仕事中にイヤホンをしない! そしてお嬢様と妹様に対してそんな口調をしない! 仮にも執事長なんでしょう!?」
「残念なことにお嬢様とやらにしっかりと任命された執事長だな」
意気揚々と嫌味を含んだ返答をした。
勝手に任命された挙句、よくわからん事件に巻き込まれたんだ、これぐらい言う権利はあるだろう。
駄メイドは手を額に当て、大きく白い息を吐く。
「お嬢様、お加減は大丈夫でしょうか」
「えぇ、だいぶ良くなったわ」
「お食事のご用意が出来ております、いかがされますか?」
「頂くわ、みんなにも伝えておいて」
駄メイドはかりちゅまに一礼し、何の音も前動作もなく消えた。
言われた通りに他の場所にいる奴らに伝えに行ったのだろう。
「わーいご飯だ〜!」
「あ、ちょっと待ちなさいフラン! 廊下飛んだら危ないわよ!」
ドールは七色の宝石が吊られた枝のような羽根をバサっと広げ、一直線に走っていく。
今更ながら、飛ぶのに翼は使っていないのか、鳥のように風を切る音はしなかった。
気付けばドールの姿はとっくになく、かりちゅまはガックリと肩を落としている。
「……ほら、氷室も行くわよ。 それとも、食堂までの場所がわからないのかしら?」
「舐めんな、お前と違ってこの館の地図なんざ半日で覚えられる」
「私だって覚えてるもん!」
──────────────────────
脚に見事な彫刻が施された部屋を横断するテーブル。
白いクロスの上に豪華な食材が並べられている。
豪華、とは言っても出されているのは一般家庭でもあるような唐揚げやエビフライの揚げ物類、一面がきつね色。
朝食にしては油っこい匂いに眉を寄せる。
「あら、遅いじゃない」
難解な魔法本を読みながら視線をチラッとこちらに向ける。
珍しくパジャマ女が先に席に座っていた。
「珍しいなパジャマ女、食い意地でも張ったか?」
「いい加減名前で呼んでくれないものかしら? 偶然目が覚めただけよ」
パジャマ女は朝に弱い
ここ、紅魔館に住んで間もない俺ですらコイツが朝に弱いのが分かるというのに。
偶然か……なるほどねぇ。
そんな考えをしながら机と同じくらいの装飾加工が施された黒い椅子を引き、両方が空いている席に座る。
「よいしょ!」
すかさずドールが大げさに声を上げ、隣の空席に飛び乗ってくる。
椅子や机の高さは吸血姉妹に大きすぎるようで、ドールは宙に浮いた足を上機嫌に揺らしている。
「……なんで俺の隣なんだ、かりちゅまの隣でいいだろう。 てかそっちに行け」
「ヤダー! 氷室の隣がいいー!!」
「うーるっさ……」
普通の子供のように駄々をこねてバタバタしていた。
遮るようにかりちゅまは手を叩いて制止する。
「はいはいお話はそこまで、それじゃ頂きましょうか」
各々が好きな料理にカトラリーを伸ばす。
箸には慣れていないのか、フォークで唐揚げを刺して口へ運ぶ
メイドと居眠り門番は箸に慣れているのか、おかずを掴み取る。
「ところでレミィ、体調の方は大丈夫なの?」
「えぇ、問題無いわ。 永遠亭の医療技術は相変わらず素晴らしいわね」
「その永遠亭ってのはなんなんだ?」
トングで適当な量のサラダを掴み、自分の皿へ移す。
そこに唐揚げを放り込み、サラダで包む。
噛めば噛むほどに肉汁が溢れる。
油っこさはサラダで誤魔化してくれたのか不快感はない。
「永遠亭は迷いの人間の里の先、迷いの竹林の中にある建物のことよ。 月から来たお医者様の技術が凄くてね、本人曰く『体の半分が吹き飛んでも再生できる』らしいわ」
驚いた。
人里に行った時に思った時代感に似合わず、外の世界の医療技術を遥かに超えている。
「ヒムロンもそこで見てもらえばよかったのに〜」
隣で緑がベースになった中華風の服を着た居眠り門番が赤髪を揺らす。
相変わらずふざけた名前で呼びながら頬を突いてきた。
「手を退けろ居眠り門番……! つーかこっちが大変な時に何してたんだよお前は」
「やだなぁ! 居眠り門番じゃないですよぉ! 糸目だから皆そう勘違いしちゃうだけで」
「じゃあ何してたんだよ」
「寝てました」
──危ない、うっかり手が出るところだった。
呆れのあまり目を瞑って深呼吸を行う。
目を開いてみればメイドが既に後ろから冷ややかな目で見下ろしている。
次の瞬間、銀に光るナイフが美鈴の頭に突き刺さった。
「……美鈴? 後で私の部屋に来なさい」
「ひょぇ……」
コイツの頑丈さはどこから来るのか、頭にナイフが突き刺さった状態で返事をしている。
しょぼくれた顔だ。背丈がいつもより小さく見えた。
「それとお前は、食い物を俺の皿から勝手に取るな」
「だっておいしそうなんだもん!」
見えていないとでも思ったのか、ドールの小さな手が会話の隙間を縫うように視界に映り込んだ。
唐揚げを鷲掴みにしたんだろう、手と口周りがベトベトになっている。
「はぁー……その手と口周りを拭け、汚え」
「はーい」
──────────────────────
18時頃、仕事を終え紅魔館の中でも一際大きい木製の扉を開ける。
先が見えないほど均等に並べられた本棚。
どれも隙間なく綺麗に埋まっている。
木製の扉から奥へ真っ直ぐ進む。しばらくすると巨大な宇宙儀と本を読む為のスペースに着く。
ここに来てからの日課、魔力回路の治療。そして、いつか戻った時に備えて勉強をする。
「今日も頼む……ここも寒いな」
「……あら? 貴方気付いてないの?」
昔のような、革で加工された辞典のように分厚い魔法書をパタンと閉じた。
パジャマ女はゆっくりと手伸ばし、俺の右手を指差す。
黒色の片手袋、コイツから貰った特別な魔法を施されたものだ。
「あ? この手袋がどうした?」
「手袋じゃなくて、貴方の手の方よ」
「失礼しまーす!」
いつの間にか現れたパジャマ女の使い魔、小悪魔が制止する隙もなく手袋を脱がす。
──途端に、冷気が辺りを埋め尽くす。
強烈な寒気に思わず身震いする。
吐いた息が白く広がった。
右手は青みがかり、雪の様な紋様が浮かび上がっていた。
「……壊死が進行している」
「は?」
「昨日の一件で魔力を使ったでしょう、そのせいで右手の魔力回路の壊死が進行したのよ。 紅魔館が寒くなっているのはその手からダダ漏れになってる魔力が原因よ」
「……どうすれば治る?」
「永遠亭の治療でも魔力回路は難航するわね。 そもそも貴方の魔力回路は複雑難解すぎて自己治癒を待つしかないわね」
パジャマ女は話しながら、片手で黒手袋に魔法陣を描き馴染ませている。
青く発光するその魔法陣は星型を基準にしながら、複雑な紋様をしていた。
「──はい、これで完成。 付けてみなさい、楽になると思うから」
言われた通りに片手袋を付けた。
途端に身震いするほどの強烈な冷気は収まり、右手の痛みも引いていく。
試しに何度か手を動かし、違和感の有無を確認する。
「──違和感は無いな、何をしたんだ?」
「外部魔力回路の追加と中の治癒促進魔法と保護魔法、ついでに漏れ出ている冷気を正しく循環するように施したわよ。 動きの違和感は無いし、これから魔法を使うことがあるならその手袋を経由しなさい」
「助かった」
「全く……可愛げがないんだから」
パチュリーは大きくため息を付いて、再び分厚い本を開いて目を落とした。
それ以上の会話はなく、俺も小悪魔に勉学の本をいくつか頼んで適当な椅子に座る。
食堂の椅子や机とは比較にならないが、それでも美しい装飾が施されながらも使いやすいシンプルな作りだ。
木製の机の上に数冊の教本をそっと置き、一番上から手に取る。
カチ……カチ……と規則正しい時計の音が響くが、それもいつしか聞こえなくなっていった。
──どれぐらい経ったか、半分ほどの本を読み終え、体を伸ばす。
そこである違和感に気付いた、膝が妙に重い。
運動的な話ではなく何かが乗っかっているような──
視界を自分の膝下に落とすと、金髪の髪を解いたドールがよだれを垂らしながら爆睡していた。
「あら、ようやく気付いたの?」
この状況をずいぶん前から知っていたようなパジャマ女がにやけ面をしていた。
何処か笑いをこらえているような声色で話しかけてくる。
「……気付いてたなら言えよ」
「だって貴方、フランにイタズラされてても気付いていなんだもの、それで疲れたのか観念したのか、フランが貴方の膝下で寝ちゃったってこと。 仲がいいのね」
「いーやまったく良くねぇよ」