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夜の風が窓ガラスにぶつかるたび、私の胸の内も小さく揺れる。
電気を消すと、別の世界がすっと近くなる気がした。音が遠ざかって、あの人の声だけがなぜかくっきりと戻ってくる。
「お前のこと警戒してんだよね。」って言ったときの 沈黙。
向こうはたぶん、後で埋め合わせをするつもりだったんだろう。言葉だけで穴を塞ごうとする、人を傷つけるのが上手な人だった。
約束はいつも、薄い紙みたいに破れて、私だけが引っかかったままになる。
友達の前では笑う。学校では普通に働く。
でも帰る道で、私の足は勝手に遅くなる。街灯の下、影が伸びるたびに「ああ、もういいのかもしれない」と、思う。
それは威勢のいい決意でもなくて、ただの疲労。
穴のようにぽっかり開いた虚無が、だんだんと居心地よくなっていく。
彼といた頃の積み重ねが、いまも私の中で静かに蝕んでいる。
小さな侮辱と言い訳、期待と裏切りの往復。別れたはずなのに、彼の口癖は私の中でまだ鳴っている。
「深く関わんないで」って言ったその声。
私の不安を冗談に変えるときの冷たさ。
そういうものが、夜になると無数の矢になって刺さる。
抜けない。
抜く術も教えてもらえなかった。
私は「死んでくる」と呟く。
スマホの画面にその言葉を指で打って、消して、また打つ。
言葉にする瞬間だけ、世界が反応する気がするから。
誰かに届くかもしれないという、最後の賭けみたいなものだ。
でもその賭けは、勝てるゲームじゃないと分かっている。勝つ前に、疲れてしまう。
「行ってくる」じゃなく「死んでくる」。
行き先のないフレーズが、私の口から滑り落ちる。
帰るつもりのない外出宣言。
誰かに止められることも期待していない。
止める力を持つ人は、もう私の周りにいないから。
覚悟なんてない。
覚悟があれば、もっと速やかに行動できるのかもしれない。
ただ、深い与奪感のない虚無が、私の身体をじわじわと包んでいくだけだ。
安らぎにも似たその感覚に、私は素直に身を委ねそうになる自分を見てしまう。
思い出すのは、小さな理由と大きな理由の断片。
彼が私の言葉を笑い飛ばした夜。
彼の浮かべた無頓着な笑顔。
私が耐えてきた小さな傷の数々。
まとまらない痛みが、私の胸の中で渦を巻く。
どうしてこんなにも痛いのか説明がつかない。
だけど痛い。
それでも、どこかで「誰かが見ている」と思いたくなる。
たとえば、駅のベンチで見かけた他人の優しい仕草、知らない人が差し出した傘のこと。
そういう些細なものに、私はいつも救いを求める。
だからここに書く。
自分が消える前に、少しでも自分の声を残しておきたいから。
「死んでくる」って言葉を置いて、私はドアの前で立ち止まる。
行く理由はたくさんある。
行かない理由も、たぶん微かな光のように残っている。明確じゃないけど、確かに存在する。
その光は温度が低くて、不器用で、気づきにくい。だけど灯っている。
この人生の終わり方は、まだ決められない。
もしかしたら私はそのまま消えるかもしれない。
もしかしたら誰かが来て、ぎこちない手つきで私を抱きしめるかもしれない。
どちらでもいい。
今はただ、言葉にしておきたい。
「死んでくる」と言える私がいることを、誰かが知ってほしい。
そして、たとえその言葉が届かなくても、書いた私はここにいたという証が、どこかに残ればいい。