「……見られた、んだ」
みことの声は、ひどくかすれていた。
すちは返事をしない。ただ、じっとその目を見ていた。
言葉よりも、沈黙のほうが強く刺さることを、みことは知っていた。
「ごめん、ほんとに、ごめん。バレないように、ちゃんと隠してたつもりだったのに……」
みことは震える手で花びらを払いながら、ぎゅっと拳を握る。
「これ、花吐き病っていうんだ。変な病気、って思うよね。……馬鹿みたいで、気持ち悪いって思うかもしれないけど」
すちは一歩、近づいた。
「みことが苦しんでるのに、何も気づけなかった俺のほうがよっぽど馬鹿だよ」
その声が、少しだけ掠れていた。
「……どうして言ってくれなかったの」
「だって……」
涙が、花と一緒にこぼれた。
「好きだったから。……ずっと、ずっと、すちのことが好きだったから、言えなかった」
止まらない。
言葉も、咳も、涙も。
喉の奥から溢れる花は、もう白じゃない。
深紅に、紫に、鮮やかに咲き乱れ、みことの小さな体を苦しめていく。
「このままじゃ……俺、死んじゃうかもしれないけど、それでも……伝えたくなかった。すちに、迷惑かけたくなかった。……振られるのも、怖かった」
花が、咲き乱れる。
まるで、最期を飾るブーケのように。
でも――
「じゃあ、俺が好きだったら、どうする?」
「……え?」
「ずっと、隣にいてくれたみことが、誰より大事だったら、俺が……みことを、好きだったら、どうする?」
みことの瞳が、揺れる。
「……そんなの、ずるいよ」
「ずるくてもいい。今ここで、みことが死んじまうほうが、何万倍もずっと嫌だ」
すちは手を伸ばし、花まみれの身体を強く抱きしめた。
「ごめんね。気づくのが遅くて。……でも、好きだ。心の底から、みことが好きだ」
ぬくもりが、みことの胸を満たしていく。
凍りついた花を、春の陽が溶かしていくように。
「すち……ほんとに?」
「ああ。嘘なんかじゃない。俺の想いが届くなら……みことを、生かして」
その言葉を聞いた瞬間、
喉の奥を締めつけていた苦しさが、ふっと軽くなる。
最後に吐き出されたのは、白一色の、一輪の花。
それきり、花は出なかった。
数日後の朝、すちが淹れたコーヒーの香りが部屋に満ちていた。
リビングの隅には、あの日吐き出された花びらが、今では押し花になって額に飾られている。
「どう? ちゃんと、喉、楽になった?」
「うん。びっくりするくらい、何も出ない」
「よかった。……てか、やっぱりちょっと、寂しいな。あの花、綺麗だったし」
「やめてよ……また出ちゃうよ?」
ふたりは顔を見合わせて、ふっと笑った。
もう、花は咲かない。
想いが通じ合ったから。
けれど、心の奥には、確かにその花が根付いている。
――これは、君に咲いた、恋の証。