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82 ◇諸悪の根源はいなくなったらしい
そして……とうとうその日はやってきた。
深夜……工場の門に顔を見せた秀雄を寮の裏庭に案内し、雅代は秀雄
と寮の裏手で向き合った。
雅代は仕事を終えたばかりで本当なら、畳の上で横になりたいぐらい
疲れていた。
そのため、冷たい仕打ちかもしれないがとても客人を部屋に上げてお茶を
出したりしておもてなしのできる状態ではなかった。
「……急に来ることにしてすまなかった。どうしても、直接話をしたくてな」
「手紙で読んだけど、お義母さん、亡くなったのね。どうして……」
「朝、親父が布団越しに隣に寝ていた母親に声を掛けたらしいんだが、声を
掛けた時にはもう死んでたんだろうな。
まったく反応がなかったみたいだから。
医者から聞いたがたまにそういう亡くなり方をする人間はいるそうだよ。
突然亡くなるっていうか……。
君を家から追い出したりして酷いことをした罰だな、きっと」
「そんな……」
「手紙でも書いたけど、直接顔を見て話したくてね。
あの時、母親に口出しもできなくて追い出されるのを見ていただけの情けな
い俺なんかに今更戻って来ないか、なんて言われても説得力ないのが分かっ
ているからこうして誠意だけでも見せておかないと、絶対戻ってもらえない
と思ってね。押しかけてきた。仕事の後で疲れてるだろうから、長居はしないよ」
雅代の気持ちは複雑で、それが表情に現れていた。
視線を揺らしたあと言いたいことはあるのに、それに反して口元は固く結ば
れたまま……。
「もう、あの人におまえが苦しめられることもない。
だから……戻ってきてくれないか」
「長年に亘ってお義母さんから理不尽で酷い目にあわされ続けた
私が、はいそうですかと戻ると思う?
家の中には男の人が2人もいたのに誰1人私を庇ってくれる人はいなかった」
「ほんとに、すまない。
だけど……おまえがいなくなって、どれだけ寂しいか……ようやく気がつい
たんだ。帰ってきてくれないだろうか」
「私が毎日どんな思いで台所に立ってたか……見てみぬふりをしてたわよね」
雅代は秀雄に過去、口にできなかった胸の内を吐き出しながら、それと共に
冷静な自分もどこかにいた。
それこそ今更な文句を目の前の人をぶつけたとて、何1ついいことなどないって
よぉ~く分かっている。
いや、私はこんなことを言う時間があれば早く横になりたいのだ。
疲れた。そうものすごく疲れているのだ。
だんだん、目の前にいる人の顔も朧気になってきて、立っているのも辛く
なりどうでもよくなった。
――――― シナリオ風 ―――――
◇秀雄の訪問
〇北山製糸工場/寮裏手 ・夜
工場の門に立つ秀雄。
雅代が寮の裏庭に案内する。
月明かりの下、二人が向かい合う。
秀雄「……急に来てすまなかった。どうしても、直接話をしたくてな」
雅代「手紙で読んだけど……お義母さん、亡くなったのね。どうして……?」
秀雄
「朝な、親父が布団越しに声を掛けたんだが……もう返事がなかった。
医者の話じゃ、たまにそういう突然の亡くなり方もあるらしい。
……きっと君を追い出した罰だろうな」
雅代「そんな……」
秀雄、手をぎゅっと握りしめて続ける。
秀雄
「手紙でも書いたけど、どうしても顔を見て伝えたくて。
あの時、母親に何も言えず、君を守れなかった俺が……今さら
『戻ってきてくれ』なんて説得力がないのは分かってる。
だからせめて、誠意を示さなきゃと思って押しかけた。
……疲れてるだろうから、長居はしない」
雅代、視線を揺らし、口を結んだまま黙る。
秀雄
「もう、あの人におまえが苦しめられることはない。
だから……戻ってきてくれないか」
◇雅代の反発
雅代(絞り出すように)
「長年……あのお義母さんから理不尽で酷い目に遭わされ続けた私が……
はいそうですかって戻ると思う?
家には男の人が2人もいたのに、誰1人、私を庇ってはくれなかったじゃな
い」
秀雄
「……ほんとに、すまない。
でも……おまえがいなくなって、どれだけ寂しいか……やっと
気づいたんだ。
帰ってきてくれないだろうか」
雅代「……私が毎日、どんな思いで台所に立っていたか……あなた、見て
見ぬふりをしてたでしょう」
雅代、疲れ切った表情で秀雄を見据える。
心の声が重なる。
雅代(心の声)「……今さら文句をぶつけても、何の意味もない。
わかってる……。それでも口から溢れそうになる」
雅代の視界が滲む。
秀雄の顔が朧げになる。
雅代(心の声)「私は……疲れてる。ただ横になりたいだけ。
これ以上、この人に怒りをぶつける気力すらない……」
雅代、ふらつき、秀雄の声が遠くに響く。
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