not視点.
昼寝から目が覚める。大きな欠伸をして腕を横に伸ばせば、何かとぶつかった感覚がした。
スマホでも置いていたかと思うが、柔らかい。少し冷たくて細いそれを掴んでみれば、人間の腕だということがわかった。寝起きの働いていない頭で瞬時に理解し、重たい瞼を急いで開ければ見慣れない顔が隣にあった。……誰?
第一印象は、記憶に残りにくそうな顔。何の特徴もないが、それでも凄く美しい。まるで絵画のようなその人間が、どうしてここに居るのかは検討もつかない。眠っているのか瞳は見えず、血色の悪い肌と栄養不足な身体は、まるで死人にも見える。少し近づき心臓の音を確認すれば、どくんどくんと音が聞こえた。生きてる。中性的な顔立ちと、細い身体のせいで性別すらも分からない。不法侵入だけど、何か事情があるのかもと警察は呼ばないでいた。
椅子に座ってパソコンで編集をしていたら、がさがさと布団から音がした。ふと視線を向けると、混乱しているそいつと目が合う。ここは何処、と言いたげな顔に、おはようと言ってやれば不審者を見るような目でこちらを見つめてくる。その表情が何だか不気味で、背筋が冷えた。
美術品のような瞳からは生存欲が溢れ出ていて、耳に入った心臓の音は死にたくないと叫んでる。
「…お前誰なん?」
『俺、俺は……あれ?誰…だっけ』
一つ一つの口の動きに見入ってしまう。
どうやら自分がわからないらしい。おかしな話だ。記憶喪失なのだろうか。だとしても、ここにどうやって来たのか。
「何処まで覚えてるん?ここに来た時の記憶は?」
『……何にも…わかり、ません』
美術品を見開いて、絶望する。そんな姿も美しくて、歯切れの悪さすらも愛おしく感じてきた。
「そっか……これからどうするつもりなん?」
『わ、わかり、ません……』
御免なさい、と謝られる。謝る姿も美しい。絶望の表情は希望よりも明るくて。嘘つきの口は血色の悪さが際立って。何も無い手を見つめては、焦りの言葉を無理やり飲み込む。
「じゃあ俺とここに住まん?行くあてもないし断る理由もないやろ」
美しい此奴を手に入れたくて、強欲な俺は後先考えずに動いてしまう。
『あの、そこまでは流石に…迷惑では』
「迷惑やないよ、まぁ、お前が何者なんかが気になるから、それがわかるまでの間…な?」
「あと敬語やめてや、多分やけど歳近いやろうし堅苦しいやんか」
見破られないように、笑顔でそう言う。ありがとう。ありがとう。何度も言われたその言葉に中身があるのかなんて分からない。それでもその瞬間のそいつが向日葵のようで嬉しかった。
あれから3ヶ月。これまでは何事もなく生活出来ている。名前が無いと不便だと思い、彼のポケットに入っていた、ショートピースの煙草から取ってショッピと呼ぶことにした。未だに思い出せない過去を手に入れるために、少しでもヒントを得ようと色々な所へ行った。近所を2人で散歩したり、水族館、動物園、職場など。ショッピについて気づいたことは沢山ある。愛煙家であること。猫が好きなこと。バイクに乗れること。とても少食なこと。あまり笑わないこと。それでいて笑顔が美しいこと。それから不思議な事が分かった。ショッピは、時には一般的な知識すらも覚えていないこと。箸の使い方から空の色まで分からないことは全て教えた。まるで子供を育てるような感覚に母性が湧いた。バイクの乗り方は分かるのに、橋が持てないなんておかしな話だ。
『シャオさん?ご飯出来ましたよ』
仕事をしていないショッピは、家の家事をやってくれる。物覚えがとても早く、スマホの使い方を教えてやると自ら料理を調べ、作ってくれるようになった。俺は極度の料理下手だから凄く助かっている。
「オムライスやん!やったー」
黄色い卵の上には、何とも書かれていないケチャップが見えた。「『いただきます』」俺の教えた言葉を一緒に唱える。ショッピの皿を見てみれば、俺の半分くらいの量だった。成人男性のエネルギー必要量を賄えていない。
「ショッピくんももうちょい食べやー、少なすぎるって!」
『普通っすよ、あんまり動くこともないんで大丈夫です』
何時までたっても抜けない敬語が、偶にタメ口になるのが愛おしい。滑舌の悪い、呂律が回っていないような喋り方が愛おしい。
「そうか?足らんかったら俺の分あげるからな」
恋心の様なそれは、どす黒いなにかと混ざっている。1度混ぜた絵の具は綺麗に元通りになんて出来ない。
初めて見た時、運命だと思った。彼の為なら自分が何者にもなれる気がした。でも実際そんなことなくて、彼の心を惹き抜ける物を俺は持っていなかった。
「ショッピくん?」
今日は海に来ている。ショッピくんが海を知らないらしく、休日のお父さんのような心構えで来た。折角の海を目の前にして、映画を見ているような顔で止まってしまったショッピくん。
彼の瞳に映っているのは誰なのだろうか。俺なら嬉しいな、なんて図々しいだろうか。
『ぁ、シャオさん……俺、あのッ、その……』
歯切れの悪い姿は、罪を隠蔽しようとする犯罪者のようで。
冤罪をかけられた被害者にも見える。
『御免なさい、何でもありません』
何でもないなんて嘘だってわかっているけど、必要以上に咎めたりしない。喉から読み取れる不安に混じった焦りがいつも通りで、自分の存在が分からないからだと思ってた。
自分自身には嘘は付けなくて、付ききれなくて、何時でも最後には正直になってしまう。心の声は口から出たいと叫んでる。見えない空気に阻まれなくなって、そしたら嫌悪の表情が見えてきた。過去の後悔は何時になっても後悔で、晴れることなんてない。
「あ、雨」
折角の海なのに、神様の涙が降ってきた。ハンカチでも渡せば泣き止んでくれるだろうか。
『風邪引きますよ』
日焼け対策に羽織っていた上着を着させてくれるショッピくん。ありがたくそれを受け取り車に乗り込むと、運が悪い。なんて他愛ない話で盛り上がった。
この奇跡のような瞬間が一生続けばいいのに。
「折角やし昼飯食いに行こうや。ラーメンとかでいいか?」
『いいっすね、行きたいです』
近所のラーメン屋に車を走らせた。
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これここまで書いて思ったんだけど、長編にできそう( ᐛ👐)
1話完結もできるけど、50話くらいなら伸ばせそう(キモすぎ)長編にしてもいいと思う?
あと後半になるにつれてポエマーになるの何?(キモすぎ)
またね
コメント
4件
フォロー失礼します!
やばいめっちゃ好き え、好き(