死 注意
愛とは、崇拝であり執着であり杞憂であり焦りである。
ゾムを初めて見た時、何となく同じ墓に入るんだと思った。
一目惚れというやつだろうか。人を愛したことがないから分からないけど。
独りで飲食店に入る。空いている席を探そうと左を見ると、カウンター席に座っている男から目が離せなくなった。見たことの無い顔のはずなのに、何処となく懐かしくて、ずっと会いたかった気がして、勝手ながら隣に座ったら混乱しつつも受け入れてくれた気がした。
何だか触れてみたくなって、気づいたら箸を持っていた手を包み込んでいた。見た目に反して柔らかい皮膚は、手入れがされていて真っ白だ。
『どちら様でしょうか?』
驚愕した表情が作り物のようで見蕩れてしまう。口から覗いた舌は綺麗な桃色で、何だか触りたくなった。駄目だと分かっていても、脳は理解しきれていない。唇に指先が触れると、熱い空気に触れた。
これが最初の出会い。知らない人の隣に座り、手を握り唇に触れるなんて、今思い出すと最低にも程がある。
「あの時はごめんな」
そこから続く運命があるなんて、誰が信じるだろうか。
『気にすんなって、あれのお陰で今のこの時間があるんやし』
二人ソファに寝転び、テレビを付けて団欒している。どんな話からか思い出話に繋がり、それは出会いの話にまで発展した。懐かしさに頬を緩めて暖房をつけたような気分になる。
「ゾムは優しいな」
頭を撫でれば犬のように喜んで、それが可愛くてまた撫でる。茶色の髪の毛は俺とお揃いで、それでも全く違う。細くも太くもない髪の毛は毛量が多くて、俺が偶にすいてやっている。目にかかっている前髪を上にあげれば、普段は隠れている瞳が見えた。ペリドットを埋め込んだような瞳を見つめれば惚れない者など居ないだろう。底らの人類なんか比にならないくらい完璧な顔は、俺がそう思っているだけなのだろうか。そんなことは無いはずだが。
手に残った香りを嗅ぐ。俺と同じシャンプーのはずなのに全然違う香り。太陽に香りがあるのなら、多分この匂いなのだろう。
『…嗅ぐなって、ロボロと同じ匂いやろ』
不貞腐れたような表情をしている。大方髪の毛に意識が集中している俺が気に食わなかったのだろう。
『あ、テレビ変えていい?もうそろそろ見たいやつ始まるわ』
兄弟に母を取られた子供のように、我儘を言って気を引こうとする。いや、それよりは成長済みか。
ゾムの心が読めたら、攻略本があったら。そんなの何も楽しくない。
何時からか自分自身が退化した。それでも退化したことに気づいていない。心臓だけがその事実に気づいてそれでもなお目を背け続ける。成長を妨げた存在は成長に繋がる存在で小さな足音の大人だ。脳は麻薬を大量摂取して喜びに浸る。でも明日には完全じゃないことに気づいてまた切る。削いで縫って貼って取って研いで切って切って切って。首の皮一枚とはこの事だろうか。
今までの後悔は全てゴミだ。
身体中に出来た傷は絆創膏が似合わない。綺麗な顔には赤い線が入っていて俺たち以外は勿体ないと言うだろう。自分のモノには名前を書く。こんなの小学生でもわかる事なのに。
愛を知らない俺は人を愛すことなんて向いていなかったのかもしれない。
『いッッ!!』
眉に皺を寄せて瞳孔を細めて歯を食いしばって二人の手元を見つめている。骨が見えるギリギリまでに抉れた腕は俺からの名前で以前よりずっと濃い。
本能的にか溢れてくる汗涙すらも美しくて舐めてみればゾムの味がした。もっとゾムを味わいたくて肩に歯を立てれば飲んで欲しいと言うかのように血が溢れ出てきた。例えるなら平仮名のつだろうか。どんな赤よりも綺麗な赤は鉄臭くて不味い。それでもゾムの顔を見てみれば極上の酒のように感じて酔ってしまう。血が付着した唇を拭くでも舐めるでもなければ口紅のようでゾムの唇にキスをした。
『ぁ、ロボロ……』
俺に赤面を晒しながら唇を受け入れて舌を入れる。血と涙と汗で濡れた顔は俺だけしか見た事がない唯一無二の宝物。
『ふふっ、変態……』
そう呟いた口は目と同じ三日月形でギザギザの歯が覗いて見えた。俺には喜の表情にしか見えない。そんな所も可愛らしい。
「腕抉られて喜んどる変態には言われたないなぁ」
ぐちゃ。なんて漫画に出てくるような効果音が腕から聞こえる。指で傷を広げれば上からは声がして。俺の行動から出ている声だと思うと凄く興奮する。
死なないように。きちんと消毒を使って手当をした。幾つ買っても足らない包帯は勿体ないと思わないことも無い。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
zm視点
2年前、自分が何者なのか知らないことに気づいた。
家では静かで余り喋らない。友達の前では煩くて元気。職場では格好つけて。行きつけの居酒屋では常に泣いていて。通院していた病院ではドジで間抜け。近所の人には落ち着いていると言われる。
ロボロの前ではどんな俺なのだろうか。笑顔も泣き顔も見せるし、静かな時もある。不注意な側面も、逆に注意深い側面も何もかも見せているし何もかも知られている。本当の俺は何処にいる時の俺なのだろうか。
ロボロの素は何なのだろうか。俺といる時のロボロは兎に角格好よくて可愛くて綺麗で優しくて時々意地悪で怒りっぽくて面白くて頼りになって気が利いて警戒心が高くて手堅くて偶に注意力散漫で決断力があって計画的で真面目で努力家で几帳面で頑固で外交的であったり内向的であったりでセンスがあって継続力があって神経質でマイペースで責任感があってポジティブでそれでもネガティブで何もかもが上手で丁寧で喜怒哀楽が顕著で優柔不断だ。
何もかもが俺の好みで、目に見える部分もそうでない部分も完璧。
初めてロボロに会った時の事を、今でも鮮明に覚えている。最初は隣に誰か座ったのに気づいたが、目もくれなかった。目の前のハンバーグを箸で切っていれば、見知らぬ手が横から伸びてきて俺の手を包み込んだ。何事かと顔を見てみれば、顔を紅潮させ目を輝かせた男が居て、身体に電撃が走るとはこの事かと理解できた。数ミリ動いた髪の毛の先まで綺麗で、誰なのかを聞くと、唇に指を置かれる。本当に意味がわからなくて、何だか可笑しくて、少し笑えば正気に戻ったかのような表情が見れた。そこから話をすれば、有り得ないほど好きになった。心臓に刺さった弓矢を握り、奥へ奥へと深く刺さっていく。出会って一日で付き合って、それから色んな所へ出かけて、性行為して、同棲もして。
いつ思い出しても心臓の喜ぶ音が聞こえる人生。走馬灯は出来るだけ長くして欲しい。
順風満帆だと思っていたのは俺だけだった。ある日から、ロボロが俺を殴るようになった。最初は腹を、次に脚を、次に頬を。その他の部位も殴られた。前回の痣が消える前に殴られた。何で殴るのか聞くと、俺が好きだからだった。好きすぎて、俺がロボロの元から居なくなるのが怖いのだと。そんなこと絶対ないのに。
暴力は好きを加速させる。殴る蹴る以外も、首を絞めたり切ったり焼いたり。色々する。俺に傷をつければつけるほど、他の貰い手が減るとロボロは言っていた。どんな姿でも愛してくれると言ってくれた。
それでもロボロは俺の事を思って、消毒をしてくれる。どうせ上書きする傷に包帯を巻いてくれる。そういう些細な優しさがどうしようもなく嬉しい。
ニヤける顔を両手で覆い、もう少しで帰ってくるであろうロボロを待った。
はぁ。ため息とドアの開く音がすれば、仕事帰りの疲れきったロボロが見える。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
rb視点
足りない頭で考えろ。
ある日、ゾムが病気になった。幸い命に別状はなかったが。それでも、俺の心には不安が増えた。
もしもゾムが重い病気になったら、俺よりも先に死んだらどうする?俺はどうすればいい?生き方が分からない。ゾムの居ない世界なんて意味がない。事故病気寿命事件。死因なんて幾らでもある。人間は脆い、脆すぎる。
俺はゾムよりも先に死にたい。絶対にだ。例えゾムが悲しもうとも、俺が死んだせいで自殺しようとも、絶対に。
俺はどうすればいい?
この世界は、俺達には生きずらすぎる。
暴力による愛はDVと言われ、同性愛は差別され、結婚したければ海外に移住しなければならない。
こんなの間違ってる。でも俺はそれを変えれるほど凄い人間じゃないから、諦めなければならない。
「ゾム?」
部屋に響いた声。寝るでもテレビをつけるでもなく、ただただ二人ソファで見つめ合った。鼻先の距離2cm程度の位置にあるゾムの顔は、どこもかしこもが俺好みで、何時までも見ていられる。
「俺たちさ、死のっか」
散歩に行こうと言うようなテンションで、人生のゴール地点に誘う。本当はもっと生きていたい。今すぐ死にたい。我儘な脳は、どんな選択肢でも満足出来ないだろう。
『分かった。ロボロがそうしたいなら』
とてもとても悲しそうな笑顔。
俺に溺れきってしまったゾムは、沈む以外の選択肢を持ってはいない。酸素を求めて水面に顔を出そうにも、俺の手はゾムの足を掴んでいる。皮膚が剥がれて肉が剥き出しになっても、上に見える水が血に染まろうとも、一向に離す機会の無い手を蹴られれば指が骨にまで到達した。
『……でも、もっとロボロと……色んな所、行きたいな』
きみはやっぱり最高だ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
zm視点
くるしい心臓の音が聞こえる。ロボロに死のうと誘われてから10日が経った。
今ある貯金を使い切るまで、この人生は続くらしい。家で安静にしていれば2年は過ごせるであろう金銭も、行きたい所に行き、やりたい事をすれば2ヶ月持つか持たないか。
今日は川に来ている。夕陽が反射した水を見つめれば、同じく水を見ていたロボロと目が合った。お互い水面越しに笑い合えば、自殺願望のある様には見えない。
こういう素朴な幸せを噛み締めれるのも、何もかもロボロのおかげだ。
『好き』
愛って素晴らしい。この一文字だけで人生は反転する。愛してる、大好き、口に出すだけで幸せな気分を味わえる、そんな魔法の言葉。
治らない傷はあの日から増えていない。包帯を巻くこともせず、見せびらかすかのように半袖を着る。
「愛してる」
オレンジ色に照らされた顔も美しい。
俺はロボロが居ないと生きていけない。今までの生活が思い出せない。「俺が養うから」そう言われ辞めた仕事。働き方を忘れた。「俺が洗ったるわ」身体を洗ってもらった。独りでの風呂の入り方を忘れた。「一緒に寝ような」そう言われてから、二人で寝るようになった。睡眠の方法を忘れた。「何処か行きたいとことかある?」毎週土日は離れる事がなかった。独りでの日常を忘れた。
ロボロが居ないと、生き方が分からない。何時からこうなったのだろうか。
恋人なんて同等の立場に立つことが烏滸がましい。奴隷と主人のような、信者と神のような関係でも俺は満足なのに。優しい優しいロボロは、俺を恋人と呼んでくれる。
『ふはっww』
真剣な眼差しが何だか可笑しくて。数年前までは、二人でふざけあって、笑いあって、多分普通だったのに。今となっては地球の異物。道を間違えたなんて思わない。
ゆっくりと家まで歩いた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
rb視点
なんかんだ、川の日から1ヶ月と10日が経った。色々な所に行った。遊園地。公園。水族館。動物園。美術館。海。川。プール。プラネタリウム。テーマパーク。ボウリング。ゲームセンター。カラオケ。キャンプ。ピクニック。スキー。スケート。スノーボード。居酒屋。バー。飲食店。カフェ。サーカス。手作り体験。スポーツ観戦。競馬。乗馬。映画館。演劇。海外にも行った。
今日は、どうやって死ぬかの会議をした。
『それも痛そうやん!』
焼死はどうか、墜死はどうか。色んな自殺方法を提案するが、ゾムは痛いのが嫌らしい。
1年前の自分たちを思い出したかのようなテンションに、笑顔が絶えない。
「じゃあ溺死は?」
溺死が苦しいなんて分かっている。薬が最適だって。でも敢えて言わない。この会話を楽しみたいから。ゾムと居れる時間を引き伸ばしている。
俺は本当に狡い奴だ。
『話聞いとった?』
目を見開いて、頭おかしいんか、と此方を見てくるゾム。そんな表情も可愛いらしい。
ごめんな。ちゅ、なんて可愛らしいリップ音が響いたかと思えば、ゾムの顔が赤に染る。可愛い。
『はっ、は!?え、』
性行為だってした事あるのに、こんなキスの一つで初心な顔をしてくれるゾム。まるで小学生のような恋愛観には未だに呆れることがある。
初めて手を繋いだのは出会った日。初めてキスをしたのは付き合ってから4ヶ月後。初めて性行為をしたのはそれから8ヶ月後。本当は会った日にでもやりたかったのだが、嫌われたくないから。ゆっくり、ゆっくりと距離を詰めた。獲物が逃げないように、そっと優しく懐に入り、脚をもいで手を拘束して目を抉った。もう独りでは何処にも行けない獲物を、味わって、何年も何十年もかけて食べる。悪い悪い狼。か弱い羊は餌を持ってくる狼がいなくなれば、直ぐにでも死んでしまう。自分が羊になったことに気づくことはなさそうだ。
『……』
すっかりと黙り込んでしまったゾム。ムスッとした表情がとても可愛らしい。
うれそうな瞳は、嘘をつききれないようだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
zm視点
違法な薬なんて秒で手に入ってしまう。便利なんだか、危険なんだか。
市販薬の薬でするのもありだと話し合ったが、大量に入手するには人から譲り受けるか、色んな店舗を回らないといけない。それよりも手に入りやすい違法な方を選んだ。ヘから始まり、ンで終わる四文字の薬物を、残ったお金で買えるだけ買った。
後はこれを飲むだけ。
「あれから丁度2ヶ月か。意外と短いな」
いざ薬を目の前にして死ぬのが怖くなった。顔に出さないように、止まらぬ汗を拭く。
『まぁいい人生やったわ』
後退りする背中を、少しづつ押す。これ以上生きていても、不安と恐怖で押し潰されそうになるだけだ。ロボロが居ない人生を想像しては、毎晩涙を流す。二人でそんなことを話した。ロボロも、俺と同じだと言ってくれた。「ゾムの居ない人生が怖い」まだ二人とも生きているのに、いざ未来を想像すれば暗いものばかり。今が一番幸せだから、これ以上は落ちるだけ。それくらいなら二人で死のうってなったんだから。
『せーので飲むんよな?』
半分こした違法薬物と、水と、かなりの量の睡眠薬。
睡眠薬を飲んで、五分後に薬物を飲む。
「じゃあ行くで?せーの、」
考える隙を与えないように、薬を飲み干す。
後悔は無くなった。ロボロと死ねる。地獄でも天国でも、もし人間に生まれ変わっても。絶対に見つけ出して、今度はもっといい世界で過ごしたい。
互いの顔を見つめ合い、気の所為か何処となく感じる吐き気を押さえつける。五分が経過し、薬物を飲めば、限界だったのかロボロが倒れ込んだ。気づけば地面に頭がついており、同じく倒れているロボロと目が合う。恋人繋ぎをし、ロクにまとまりもしない思考で必死に口を動かす。
「あいしてる」
話しかけてくれてありがとう。一緒に過ごしてくれてありがとう。
『俺も、愛してる』
最期に、今まで本当にありがとう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
最初と区切りの前後一文字目。なお別々に。
コメントにて
またね
コメント
7件
まず 最初 に リクエスト に 応えて くれて 有難う 御座い ます ! ! ! ! ! 感想 は 長く なりそう なの で,コメント 欄 の 邪魔 に ならない 様 返信 に 書き ます.
場面の区切りごとの最初の文字を読むと、「死にたくない」になり、それぞれの最後の一文1文字を合わせると、「死はきゅうさい」になる。 途中、ゾムに暴力を与え始めたロボロは、ゾムが他の人に取られるかもしれないという焦りから生じた暴力のため、その焦りを表現するために読点が付いていない。 焦りの文の中の、「脳は麻薬を大量摂取して喜びに浸る。」は薬物で死ぬ事の表し。