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「じゃ、行ってきまーす」
急いで出す郵便物があるので、蓮がそれを持って裏の郵便局までお使いに行くことになった。
「はい、行ってらっしゃい」
と葉子が子供がお使いに行くのを見守るように微笑んで送り出す。
此処に入ったのが、蓮でよかったな、と脇田は思っていた。
葉子は面倒見はいいが、気の強いところもあるので、恐らく似たタイプだったら、ぶつかっていただろう。
姉御肌の葉子に、彼女を、親分っ、と慕いそうな蓮。
いい組み合わせだった。
渚はちゃんとそんなところも見たうえで、蓮を秘書に連れてきたのだろう。
……それにしても親分って、と自分の発想に笑いそうになる。
蓮を眺めていると、どうも発想が妙な具合になって困る。
社長室から本部長が腰低く出て行ったあと、扉が開いて、渚が現れる。
「蓮は?」
と彼女が居ないのに気づき、訊いてきた。
「郵便局にお使いに行きましたよ」
と葉子がすぐに答えてしまう。
使いに出した場所は伏せておこうと思っていたのに。
あの郵便局への行くのに横切る広い駐車場で、蓮と渚が出会ったと知っている。
なんとなくあそこで二人を会わせたくなかった。
渚が窓越しにそちらを窺ったので、
「煙草ならさっき吸いに出られましたよね」
と先にぴしゃりと言う。
わかってる……と多少渋い顔をして渚は言い、社長室に引っ込んだ。
煙草もやめた方がいいのだが、渚にとって、それだけが息抜きの時間だと知っているから、止められなかったのだが。
もう、蓮で充分息抜きになっているから、いいんじゃないだろうか、と秘書の自分は思っている。
渚も学生時代は、もっと表情にも感情にも起伏があった気がするのだが、社長業についてから、それが少なくなっていた。
だが、此処へ来て、蓮の出現で昔の渚に戻ってきている気がしていた。
それを友人の自分は喜んでいる。
なのに……。
渚の去年の式典でのスピーチ原稿を確認していた手がいつの間にか止まっていた。
蓮も渚を嫌ってはいないのは伝わってくる。
本当に嫌だったら、彼女の性格なら、それこそ、頭からビールでもかけそうだからだ。
だが、まだ自覚がないのなら、放っておこうと思っていた。
此処で渚の手助けをするほどには心は広くない。
「大丈夫ですか? 脇田さん」
突然、そんな風に訊いてきた葉子を見る。
「蓮ちゃん可愛いですもんね。
それにしても、長年一緒に居ると、好みも似てくるものなんですね」
「いや、待って。
渚と一緒に居たから、好みが似てきたってわけじゃないよ」
確かに仕事もプライペートも一緒に動いていることが多いが、それで、蓮を気に入っているわけではない、と訴える。
「……っていうか、僕は別になんにも言ってないけど?」
と多少喧嘩腰に訊き返してみたが、笑われた。
葉子は自分は再び、キーを叩き始めながら、さらっと言ってくる。
「あら、だって、私と居たときと、全然態度違いますよ?
脇田さんは、面倒見がいいから、ああいう手のかかる、可愛いタイプが好きだったんですね」
よく考えたら、意外でもないか、と言う。
「脇田さん、私には全然気がない風でしたよねー」
「なに言ってんの。
君の方こそ。
っていうか、僕がその気になってたら、付き合ってたの?」
「はい」
とあっさり葉子は言った。
ええっ、と声を上げてしまう。
「なんで?
僕のこと、好みじゃないんだよね?」
「いえ、好みでないことはないですよ。
長身、イケメン、出世頭で温厚と条件、そろってますし」
それ、ただ、条件が好みって話じゃ、と苦笑いしたが、葉子のこういうはっきりしたところは嫌いではなかった。
「でも、私、私を好きでない人は好みでないんです」
「……いいね、それ」
と脇田は言った。
今だからこそ思う。
いいな、その性格、と。
手に入らないものなら、最初から、ねだらないというのはいいことだ。
そんなものに執着しても、自分が疲れるだけたがら。
「ただいま、帰りましたー」
笑顔の蓮がドアを開ける。
「……早かったね」
今の会話を聞かれていたとしても、蓮は自分に関係のある話だとは思わないだろう、と思った。
はい、と満面の笑みの蓮が言う。
外に出て、リフレッシュ出来たようだ。
「今日は、おかしな人に出会いませんでしたから」
おかしな人、とは渚のことだと気づいて、吹き出した。
「結構笑い上戸ですよね、脇田さんって」
と蓮がこちらを見て、不思議そうに言っていた。