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おかしな人には会わなかった、と蓮は言ったが、真知子たちには会った。
あまり時間はなかったが、久し振りに会った気がして、話が弾んだ。
よく考えれば、そんな何日も離れてないよな、と思う。
「そういえば、あんたの携帯の番号、知らなかったわ。
教えなさいよ」
と真知子に言われ、そういえば、会社でいつも会えるからわざわざ聞こうと思わなかったな、と気づく。
じゃあ、今度、ご飯でも、と約束して、真知子とは別れた。
秘書に戻ってしばらくすると、
「蓮ちゃん、社長にお茶~」
とパソコンから顔を上げずに、葉子が言ってきた。
はーい、と立ち上がり、お茶を用意して、社長室のドアをノックする。
脇田は外に出ていて居なかった。
「失礼します」
と社長室に入った蓮は、湯呑みが倒れてもパソコンにかからないよう、渚の広いデスクの隅に置いた。
仕事をしながら渚は頷く。
誰が持ってきたのかもわかっていないんじゃないかな、と思いながら、ちょっと笑ったとき、渚が顔を上げないまま言ってきた。
「今日も行くからな。
逃げるなよ」
えー、と蓮は眉をひそめる。
「あのー、たまには、お友達と遊びに行ったりとかしたいんですが」
よく考えたら、この人に私生活を仕切られなきゃならない理由もないんだが。
そう思いながらも、蓮は訴えてみた。
「いいぞ、行ってこい」
ノートパソコンから目を上げずに、渚は言ってくる。
「えっ、ほんとですかっ」
喜ぶとこでもないような、と思いながらも、喜んだ。
だが、渚は、
「俺が行くまでには帰れよ」
と言う。
無言になると、渚は、なんだ? とようやく顔を上げて、こちらを見た。
「どうせ、俺が行くのは遅い時間なんだから、問題ないだろう」
いや、まあ、そうなんですけどね、と渋い顔をしていると、渚が笑って言う。
「そうやって縛られるの、めんどくさいと思ってるだろ」
「はい」
と素直に答えると、
「じゃあ、俺と結婚したらどうだ?」
と言ってくる。
「はい?」
「そしたら、いちいち、俺に今日は家に居ろよ、とか言われなくて済むだろ?」
「それ、結婚したら、家に居なくてもいいって話ですか?」
「莫迦。
結婚したら、居て当然だから、いちいち確認しないって意味だよ」
蓮はお盆を手にしたまま、眉をひそめる。
「貴方は、結婚したら、奥さんを家に縛り付けるタイプの人ですか?」
そういう人とは絶対無理だな、と思いながら言うと、渚は、
「そうじゃない」
と言い、蓮の腕をつかむ。
強く引かれ、よろけた蓮は、渚の膝の上に腰を落としてしまった。
渚の顔が間近にあって、どきりとする。
だが、こちらが赤くなっても、渚の表情が変わらないのがムカつくところだ。
これでは、自分の方が渚を好きみたいではないか、と思う。
「結婚したら、お前が出かけてても、俺が遅くに帰っても。
最終的には、お前は俺の家に居るんだろ?」
そりゃまあ、そうですが、と思っている間に、渚の妄想の中での結婚生活は進んでいた。
「俺が疲れて帰ってくるだろ。
でも、寝室のドアを開けたら、遊び疲れたお前が、気持ちよさそうに寝てるんだ」
「いや……なに微妙に、私をディスってるんですか」
なんで私は遊び疲れてるんだ? と思ったが、渚は、
「別にいい。
俺が働いた金で、お前が遊び惚けてても。
俺が帰ってきたとき、お前が楽しそうにしてて、機嫌よく迎えてくれたら」
と言ってくる。
なにかこう……もうちょっといい設定にならないのだろうか。
もう少しはマシな奥さんになれそうな気がするのだが。
「俺は今まで、自分と会社のためだけに働いてた。
まあ、それもよかったんだが。
金は特に使い道もなかったし。
その金を使って、お前が楽しく過ごせるのなら、お前のために働いてるって感じがしていいかな、とも思うし」
「いやいやいや。
待ってくださいよ。
私はお金もらってれば幸せとか思いませんよ。
そんな毎晩、旦那さんとすれ違いとか嫌ですからね」
「……出来るだけ早く帰るようにするよ」
と渚が見つめてくる。
おや?
おかしいな。
結婚することで話が進んでいる。
ああでも、この人、さっさと結婚して、私に子供を産ませたい人だったかと、ときめいてしまった気持ちに自分で水をかけて、冷静になろうとした。
だが、所詮は渚の膝の上、いまいち冷静には成り切れない。
「あのっ、仕事中は膝には乗せないんじゃなかったんですか?」
と逃げようと身をよじってみたが、渚の腕ががっちりと腰を押さえ込んでいる。
「そう。
俺の主義に反して、やってみた」
そう言いながら、こめかみに口づけてきた。
や……
やめてくださいーっ、と慌てて、渚の肩を両手で押して逃れようとしたが、
「待て。
動くな」
と渚が冷静な口調で言ってくる。
動いたら、爆発するぞ、くらいの迫力があった。
何処に爆弾が、と阿呆なことを考えていると、渚はそのまま椅子を回し、デスクに向き直ると、パソコンを打ってみていた。
手を止め、
「……打ちにくい」
と呟く。
「昔の社長は、よくこんな体勢で仕事してたな」
と大真面目に言ってくる。
「……ほんとにそんなことやってた人、居るわけないじゃないですか。
物の例えですよ」
この人、賢いんだか、莫迦なんだか、ときどきわかんなくなるな、と膝の上に乗ったまま、蓮は思っていた。