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2 地下水路
頭上の高さに流れる水道橋の水は王城から役所前を通り城下中央から各方面の大通りを走る。石橋の上を流れる透き通った湧水をここから見ることはできないが、各地に設けた水汲み場に注がれる水は青く澄んでおり、底に沈む砂粒まではっきりと確認できる。この水道橋の水を汚染した者には重罪が課せられる。水汲み場は未だ罪は軽いが、親の教育が行き届き子供らの姿はない。
ヴァッシュは鍛冶屋へと向かっていた。城下町中央から西門に続く直線路が南北に町を分けている。城下西門北は区画路が無い。従って建物も空いた土地に建てられ密集し路地が多い。
扉の無い内部が暗い工房の前で、腰掛けるゴップの姿が見えた。開いた脚の両膝に両肘をついて両手を握り合わせ、静かにこっちを見ている。
「できたか?」
無言で立ち上がり、鍛冶場に入っていく。3度深呼吸をする間に、ゴップは出てきた。大鍋の蓋より小さい丸盾を持っている。
「どうだ?」
受け取った盾は想像以上に軽い。手甲を外し、腕を通して取っ手を握る。取っ手を握り締めると拳が軽く盾室に当たる。腕通しも手首関節に当たらず自由が利く。
「うん。……悪くないな。」
ゴップは不敵な笑みを浮かべながら暗い工房に消えて行った。
ヴァッシュは盾の仕上がりに満足していた。腰から盾を吊り下げて東門南の職人街に向かう。
正午を少し過ぎると賑わっていた街も少し落ち着くようだ。露店街、商店街を通り抜けると整然とした街並みが見えてくる。腕輪、指輪、金細工、食器、ガラス製品、書籍、革細工、店頭に棚やカウンターを設けて商品が並べてある。
両開きの大扉を全開にした解放感のある一際目立つ工房が見えてきた。目当ての店では、30代前半の女が商品棚の拭き掃除をしていた。
「あら、いらっしゃい。」
あの店主の妻だろうか、あまりパッとしないが人を安心させるような家庭的なゆっくりとした口調が印象に残る。
「…鞘を注文した。」
直ぐに返事がきた。
「あ、昨日のお客様かな?」
答えると同時に踵を返し、暖簾をかき分け工房に入っていく。
「昨日の方がいらしてる。どれ渡すの?」
工房の中で店主と話しているようだ。床の石材が整って平らに形成されているのを静かに見つめていると、女将が工房から出てきた。
「お待たせしました。一度納まり具合を見てください。」
手渡された皮の鞘は渋い色合いに仕上がっていた。
長物の白布を巻き取り、鞘の帯通しにベルトを通す。剣を静かに鞘に納める。鞘の内部で剣に引っ掛かる感触は右手には伝わらなかった。軽く振って見ても音はしない。納まり具合は…上出来だ。木枠にニカワと皮を巻き鞘口は口金で固定している。特徴的なのはニカワの厚みだ。何度も塗り重ねたのだろう。
「どうですか?」
胸の前で両手を合わせて首をかしげる女将、少し不安なのだろうか。この手の品は微調整が割合的にあるのも日常の事だ。
「いくらだ?」
ほっとしたのだろうか、少し笑顔に見えた。
「大銀貨7枚頂戴します。」
穏やかな声、女性らしい仕草に珍しく動悸が速くなるのを感じた。ポケットに用意していた銀貨を手渡し、店を出る。
「良い買い物をした。またくるよ。」
女将の顔が少し明るく見えた。
「ありがとうございます。ご贔屓に。」
軽く右手を挙げて店を出た。
日が傾き始めた。乳白色の重い石材を建築素材とした二階建て、橙色の瓦、低い天井が脳裏に浮かぶ。……日課の時間だ。
市役所が右手に通り過ぎていく。水道橋はところどころトンネルになっている。
水道橋沿いに直進すると西門が遠くに見えてくる。水道橋をくぐった左手は区画路で綺麗な住宅が立ち並ぶ。中流階級の民家がほとんどといったところだろう。反対に右手は昔ながらの区画路のない路地が斜めに進んだり台形の家や密集した作りの街が広がる。
酒場はこの大通り沿いの右手にある。木彫りの床置き型の看板に矢印と『酒』とだけ書いてある。半地下構造の一階部分は夏は涼しく冬は温かい。
狭い下り階段を降りる足音が響くとガルフは木をくり貫いた杯を傾け樽から麦種を注ぎ入れる。静かにカウンターに杯を置く。ヴァッシュがいつもの席につくとガルフは背中を向けて食器を拭き始めた。
「……キュレルはどこにいる?」
ガルフはため息をつき、首を横に振る。しばらく沈黙が続いた。
この店に通い始めたのはいつ頃からだろう。もう十年以上にはなる。宿屋を変えてもこの店には通い続けている。
ガルフは振り向いてヴァッシュの眼を見た。いつもの冷静な雰囲気ではなく、鋭い目付きで内面を見ているように感じた。
「ノスネア大公でも探せなかった。」
俺に訊くのは場違いという訳だろうか。ガルフの情報網は確かだ。今までそれを売りにしてヴァッシュを通わせている。
「…外国の線はつよいか?」
それでも会話を続けようとするヴァッシュの強い意思は変わらない。分からないでは済まさない、そういう追い詰めるような無理な切り返しにガルフはいつも耐えてきた。
「…シストだ。」
何か根拠があるのだろう。奴隷文化が北方大陸の王国や公国にはない。徹底した治安維持が為されている。公女が売られたという路線を追うのであれば、シストだけになる。外国へ公女を売り飛ばすほどの組織自体が公国にも王国にも存在し得ない。しかし、時間が経ち過ぎている。やがて20年の歳月が過ぎる。
「…知り合いはいるか?」
ヴァッシュの食らい付き様にガルフは満足していた。
「あと2杯かな?」
意地悪そうな無表情にヴァッシュも満足していた。情報料は麦酒の追加注文というわけだ。
「明日、依頼を終わらせる。」
新しい杯に無言で麦酒を注ぎ入れると、ヴァッシュの前に静かに杯を置いた。
「そういや、役所の使いが来ていたな。」
蝋付けされた筒を樽の横から取り出すとヴァッシュの手元に静かに転がした。…右手の拳に筒が当たると止まった。一気に麦酒を飲み干すとカウンターから新しい杯を手に取り手元に置く。酔ったのだろうか、筒を少し雑に開けると傾け、巻いた紙を滑らせて広げる。一通の手紙と『地下水脈暗渠見取り図』が入っていた。
「これは、大したものだ。」
ガルフは低い天井を見上げている。興味津々なのは間違いない。ヴァッシュは付け加えて口を開く。
「地下水脈の遺跡、俺も良く知らない。」
ヴァッシュは情報を握っている。ガルフも情報を握っている。
「シストに俺の知り合いがいる。」
呟きながらガルフは手の平を天井に向けカウンターに置いた。静かにヴァッシュの眼を見ている。ヴァッシュは無言でその手に地図を預けた。
地下水路への入口は城下の最南東部にある。
鉄の門により完全に遮断され、門前には二人の憲兵が厳重に警備に当たっている。鉄の門には王家の象徴、翼のある獅子の紋章が型どられている。
ヴァッシュは衛兵の顔を見たが、あちらの視線は真正面の一点から視線を逸らすことはない。一人が動き、足を高く上げ、石畳に足裏を叩きつけながらゆっくりと機械じみた行進を開始し、門前の鍵を開け、また定位置へと戻っていく。両者同時に鞘からゆっくり引き抜き、胸元に構えに大声で叫ぶ。
「通ってよしっ!!」
門番の衛兵交代の時にたまに見かける。衛兵に負担を掛けたくない思いで門扉を押すと思ったより軽く開いた。さっさと通り門扉を閉める。
背負い袋からバックルと火打ち石、ホロホロになるまで良く揉みほぐした木綿紙を取り出す。石を握るとその上に紙屑を置き親指で軽く押さえる、バックルで石を叩く。火花が紙屑に移ると広がる火の粉に優しく息を吹き掛け乾燥した植物の茎を当てて火を移す。何時でも火種として使える小型カンテラに火を灯して腰に下げる。左手の松明を灯す。地下へと続く階段を下ると整備された用水路のような雰囲気になっており、左右に二人の人間が並んで歩けるほどの通路がある。左側の通路を選んだ。
ところどころ市街地の雨水孔から光が差している。夜目は利く方だ。十分見える。左腕に盾を通して松明を握りしめ、剣を抜いた。静かに歩を進める。
冒険者の基本だが、火を灯すと向こうからは丸見えになり、標敵になる。慌てず襲撃に備える。
今回の依頼内容は、当初と異なり手紙によって変更を通知された。地下水脈を抜け、遺跡内部に入り異常の無いことを確認する事だ。内部奥で見たことは全て報告する事が義務付けられ、口外しないことが前提となる。受け取った地図は何度も見て暗記していた。
静かに進むと丁字路になっており、こちら側からでは左側にしか曲がれない。用水路に浸かって対岸に渡れば右にも行けるがどちらも進むと合流する。左でいいだろう。
定間隔で差し込む光がありがたい。汚水が流れている気配はない。流れもしっかりとしていて、綺麗な湧水が流れているのを確認した。松明を照らすと水路底の砂粒まで見えている。
しばらく進むと突き当たりが右に曲がっている。ここも道なりでいい。ちょうど真上がスファム皮革店のあたりだろう。定期的に背後に気を配り、足音を消して歩く。
あの執政官が何かを企んでいることをヴァッシュは察していた。おとりかエサにするつもりだろうと直感的に感じていたが、それにしても、大銀貨30枚の仕事が大金貨30枚に化けた。二年間は遊んで暮らせる額だ。さすがに二桁の増額は無かったが。
水路は真っ直ぐに続いており、登り勾配になっている。入り口付近の分岐路がここで合流している。静かに歩を進める。そろそろ地表では東門と役所の間付近に差し掛かる頃だ。
80歩ほど先の方で雨水孔から差し込む光が見える。ヴァッシュはその光をしばらく凝視した。…何かの影が光を横切る。ゆっくり松明をひざ裏に隠し、身を低く保つ。背後を警戒し、確認したあと、影を凝視する。
影はヴァッシュの存在に気付いている。左右に設けられている通路の真ん中、つまり水路の中を歩いている。明らかに近寄ってくる。水路の深さは人間の脛ほど、ところどころ深くても膝下となる。
水を引きずる音が辺りに響き、影は着実に距離を縮めてくる。ヴァッシュは素早く松明を前面に投げ、盾を握り締め体勢を整えた。水路に浸かりながらゆっくりと静かににじり寄ってくる。ヴァッシュは動かない。
やがて、ダガーを投げれば届くほどの距離にに入った。松明の揺らめく炎が徐々にその影を照らす。
…ソレには頭はあるが顔がない。……口だけはあった。額と鼻の起伏には文字が書かれ、まばらに生える長い髪は薄く縮れ、肩に掛かっている。ところどころ肉と肉とを繋ぐ縫い目があり、上半身に何も纏っておらず、下半身には腰布を巻いている。垂れ下がった両腕をゆらゆらと揺らしながら接近してくる。手には鋭い爪が見える。
距離を詰めると突然、口を開いた。釣り針の様な細い歯がぎっしりと詰まり、乱れて湾曲している。両腕を開くと奇声を上げ勢いよく突進してくる。
「…キシャアアアァァアッ」
水しぶきを上げながら突進してくるソレは、左手を下からすくい上げる様に、ヴァッシュの首を目掛けて鋭く突いてきた。ヴァッシュは右手の剣で優しく払い、盾の中央のコブで顔面にカウンター入れる。下顎に決まった瞬間、右足を重く踏み込んで腹部を刺し貫いた。身を屈め、反射的にヴァッシュは後方に跳び退きなから体重移動で剣を引き抜く。ソレは身を仰け反らせることなく、痛みを感じている素振りもない。右手を高く振り上げると、ヴァッシュの左肩を狙って叩き付けてくる。跳び退いて距離を測る。
経験則から、この手の攻撃をしてくる者には知性が無い。しかし、明らかにこちらを知覚して正確に攻撃してくる。ヴァッシュは惑うことなく冷静に見つめていた。
体を引きずるように通路に昇るソレは、ヴァッシュの身長を優に超えている。足元に転がる松明に怖じる様子もない。
ソレは両腕を広げて再度突進してくる。ヴァッシュは極端に身を屈めて右手の剣を掬い上げるように下から上に振り上げながら立ち上がり、剣を振るうとソレの左脇から肩にかけて切り裂いた。盾のグリップを手離し、右手首を内側にひねると頭上にある剣の柄を両手で握り締め、右足を踏み込み体重をかけて頭部を叩き割る。剣が頭部半ばで止まった瞬間、右足をソレの股の間に差し入れ、右肩で思い切り広い胸部を突き飛ばし、上体を軽く左に捻りながら剣を引き抜く。ソレは血ではない白い液体を撒き散らし、仰向けに倒れ、動かなくなった。
人でもなく、妖魔でもない。…過去に魔法生物という言葉を聴いたことがあった。こんなものが地下水脈を徘徊しているとは、一体どうなっている。
念のために倒れたソレの喉を深く刺し貫き、骨を断ち切る感触を確かめた。水路で剣を洗い流し、水を切って鞘に納める。弱った松明を拾い上げ、それとなく背後を確認した時、微かに視線を感じた。ヴァッシュは気付かないふりをして先へと進んだ。
執政官が報酬を増額した理由が、コレの存在と関係していない訳がなかった。『地下水脈の害獣避け』の内容が、一通の手紙によって数百年も封印され続けてきた『地下遺跡の調査』へと変更になっていた。正確には『謎の徘徊者との対峙』と呼ぶべきか。
通路だけが十字路になり、水路だけが直進している。ここを左に曲がれば王城の城門の真下辺りに到達する。通路への入り口は天井が高く、古い石材がアーチ状に組まれた造りになっている。間違い無さそうだ。ヴァッシュは遺跡に足を踏み入れた。淡い光を発する苔の様な地衣類が壁一面に群生している。
十段に満たない階段を下り、松明を高く上げて先を見通す。年代物の石材が積まれた壁面は、高い天井に及び、ところどころアーチ状に補強されている。雨水孔が全く無い。五人並んで歩けるほど開放的な造りになっている。気を引き締めて道なりに進む。
城門の地下付近に差し掛かると大きな通路は直角に右に折れ、小さな通路を含めると十字路になっている。その先に下り階段が左巻きの螺旋を描きながら地下へと続いているのが見える。時おり、水の滴る音が響く。
階段は二階建てほどの深さになっており、螺旋を描くため、方位がわからなくなってしまう。ここは地図には記載されていなかった。
球体を握る手を模した石の構造物が通路の左右に一定の間隔で対になっており、その先には洞窟状の空間を削って建造したような建築物がある。翼のある山羊の頭を持つ人形の石像が両端で屈んでいる。その中央部には階段が数段あり、建築物の大きな門が見える。
ヴァッシュは門をじっくり観察した。取っ手はない。怖じる事なく階段を上り鋼鉄製の門を体重を載せて力いっぱい押す。少しだけ動くが一人では無理だと諦めた。
来た道を戻ろうとした時、何かが動く音がした。反射的に石像に眼を向けると、確かに屈んでいた石像が立ち上がるのが見えた。
全速力、ヴァッシュは走り、螺旋階段手前まで戻る。振り返ると一体は定位置にいるが、もう一体が凄い勢いでこちらに向かってくる。目が赤く輝いている。山羊頭のゴーレムか。山羊頭は槍を持っている。
ヴァッシュは狭い場所を探した。螺旋階段の中以外見当たらない。螺旋階段を半ばまで駆け上がると振り向いて剣を抜いた。山羊頭は凄い音を立てながら階段を上る音が聞こえる。松明を前方に投げる。螺旋階段の右手中央部から山羊頭の構える槍の矛先が徐々に見えてきた。何を考えたのか剣を未だ見ぬ山羊頭の頭上に高く投げつけた。剣は螺旋階段の壁に弾かれ火花を散らし下段に落ちて行った。ヴァッシュは上段から飛び掛かり、槍の柄と山羊頭の右手に全体重をかけて両足で踏みつけた。
石階段に矛先が掛かった状態で槍の柄に荷重が掛かった為か、木製の柄が勢い良く折れる。ヴァッシュは前のめりになった山羊頭の背に右手をついて、背面に着地すると螺旋階段を転がるように下り、投げつけた剣を手に取った。山羊頭は折れた矛先を気にも留めず、両手で握り締め振り返る。槍は一尋半ほどの長さがあったが、一尋無いほどになっている。
定位置にいるもう一体は動く気配がない事を確認し、体勢を整えながら接近する。左手で槍を持ち、右手を添える山羊頭は、単調に突いてくる……が、矛先が無いため届かない。懐に入り槍を持つ左手に切り込む。火花が散り弾かれる。刃が通らない。幸いなことに機動力はかなり低い。ヴァッシュは距離を取り、戦線離脱を試みる。山羊頭の脇をすり抜け、弱り切った松明を拾うと階段を駆け上がる。久しぶりの戦闘で息が切れる。
「ハァハァ…ハァ…ふぅ。」
上階に上がると追ってくる気配は無かった。小型カンテラを開けて、消えた火種に火を灯す。少し休憩し、来た時に遭遇したアレに備えて膨らんだ背負い袋を絞り、弛んだ脚絆を軽く締めた。
来た道を戻り報告に向かう。遺跡内部は、別段来た時と変わらず静寂そのものだった。これと言って気配はなく水が滴る音だけが響いていた。
水路へと出て、アレとの戦闘をした地点に差し掛かるが、……無かった。遺骸が見えてくる筈ではあったが、そこには何も無かった。白い液体を撒き散らして絶命したその地点に、戦闘の痕跡は微塵も無かった。
何者かが遺骸を回収したのは間違いない。つまり、第三者がこの水路にいる。しかも監視しているようだ。王国側の議会は、長年この場所を立ち入り禁止区域として厳重に封をして警備してきた。あくまでも表向きは。それが今回、何故か内部の調査を高額で依頼してきた。何か重要なものが隠されているのだろうか。
地下は生活排水で汚染されていると聞かされていたが、実際には水はどう見ても澄み切っている。内部に排水孔自体が存在していない。過去、汚染されたが故に井戸が潰されてきたが、其の真相は、地下から何者かが侵入してくるのを防いでいたのだろうか。アレが地下から這い上がってきたら市街地は狂気の沙汰になる。
アレはどう見ても、普通の魔物ではない。人工的に魔法を用いて作られている気配が濃く、古今見たことがない。山羊頭に関してもガーゴイルに似てはいたが、あの単調な攻撃は明らかにゴーレムのそれだった。アレとゴーレムを比較すると、作られた年代も間違いなく異なっている、アレは最近作られ、ゴーレムは数百年前に作られたと推測できた。
ゴーレムが守るものは明らかに建造物の内側にある。では、アレは何の目的で徘徊していたのか。そして回収者は誰か。アレが外部から地下づたいに侵入し、その対策を議会が担っていた場合、回収者は議会側であるという線が見えてきた。また、王国には暗部と呼ばれる組織があり、平たく言うと隠蔽や調査、情報収集、暗殺を行うと囁かれている。そちらの線もあるだろう。
その推測を拡大していくと、地下水脈には建国前の遺跡の部分と建国後の用水路の通路があり、一体どこに繋がっているかが重要な問題であることが浮上してきた。
思考を巡らせていると地上に出た。地上では交代時間が過ぎ、朝とは別の衛兵が立っていた。ヴァッシュは埃まみれのズボンと装備を軽くはたいてそのまま役所に向かった。
役所前の衛兵は例のごとく空を見つめているが、ヴァッシュの顔を見ずとも顔見知りであった。案内係の女がこちらを先に見つけ何処からともなく現れる。
「こんにちは、本日はどのような御用件でしょうか。」
いつもの澄みきった声に、やはり女性への対応が苦手なのか、照れ隠しでヴァッシュは堂々と答える。
「セインに繋いでもらいたい。」
今回は、直ぐに返事が返って来た。
「こちらへどうぞ。」
ご丁寧に直ぐに通すよう事前通告していたのだろう。
部屋をノックした瞬間に声が響く。
「入れ。」
案内係が扉を開くと、セインが案内係に視線を送る。ヴァッシュを通したあと、案内係は会釈して戻っていった。
セインは客間のソファーにヴァッシュを案内し、自らも腰掛けた。
「ヴァッシュ殿、この度は私の依頼を遂行して頂き、誠に感謝申し上げます。」
口元の笑みを無表情と優雅さで隠しているといった印象を受けた。いつもの酒場でその手のやり取りには慣れていた。
「早速で申し訳ございませんが、単刀直入に地下水脈の調査で見た事を教えていただきたいと思います。」
子供がお小遣いを与えられる前の雰囲気に近いとヴァッシュは苦笑を堪えた。
「水は澄んでいて綺麗だった。」
少し癇に障ったのか、セインの片眉がピクッと動いた。
「それはたまたま排水路の無い水路だったのでしょう。」
即答する内容はあらかじめ準備済みのものだろう。
「変なものに襲われた。」
また、セインの口元に笑みが戻ってきた。
「それは魔物でしょうか?」
回収したのがこの男の配下であれば、しらじらしい事この上ない。
「顔には口だけしかなく、文字が書かれ、大柄で身体に継ぎ目があった。腕がやたら長くてカミソリの様な爪があった。」
セインはメモを取り始めた。
「それを戦闘で倒したのですか?」
回収したのはコイツではないのだろうか。演技ではなさそうだ。
「剣で腹を刺し、頭を割った。血の色が白かった。」
淡々と話す内容を全て真剣に記帳している。
「その遺体はこの地図のどの辺りにありますか?」
セインは地図を広げる。
「だいたいこの辺り、……東門真下辺りだ。残念だが遺体は消えた。」
涼しげな無表情が急に訝しげな眼に変わる。
「それは何者かが持ち去ったという事でしょうか?」
ヴァッシュはこの類いの質問に答えたくなかった。
「こちらが伺いたい限りだ。」
あの時、かすかに感じた視線のことを口に出さなかった。
「遺跡内部に何かありましたか?」
セインは元の無表情に戻っている。
「地図に載っていない場所があった。王城入口の真下辺りに地下に続く螺旋階段があった。」
セインは黙り込み地図を凝視したまま二度瞬きをした。
地図に記載されていないという事は地図の製作者に何かしらの意図があったという事になる。記載されていない螺旋階段まで、街の散歩程度の距離しかない。『誰が地図を作ったのか?』両者ともに同じ疑問を持っているだろう。
セインの配下が地下水脈でヴァッシュを尾行していたと考えていたが、どうも違うようだ。そうなると、あの時の視線は誰のものだろうか。
セインが切り出す。
「さて、螺旋階段の先はいかがでしたか?」
徐々に報告義務の面倒さが身に沁みてきた。
「階段で二階建てくらいの高さを下ったよ。広い通路で、下り切ったらそこに玉を掴む腕が左右に一対ずつあったな。」
話の内容から、いい加減な態度だと思ったのかセインはムッとした雰囲気になった。
「それは石の構造物か何かですか?」
言い忘れたとばかりに付け加える。
「そう。…でその石のやつが列をなしていた。その先に半分は洞窟でその洞窟を削って作った建物の門があったのさ。」
「その門はどのくらいの大きさでしたか?開きましたか?」
露骨にこの男の落ち着きがなくなってきた。
「いや。両開きで馬車の荷台二つ分くらいはあったな。で、また変なのが出たのさ。」
セインはさらに落ち着きを無くしたようだ。
「敵ですか?襲撃ですか?」
眼を見開いて質問してくる。
「その門の前にはガーゴイルのような翼のある山羊頭の彫像があってな、……それが動き出したんだ。二体あったが、相手したのは一体だけだ。」
ガーゴイルであればその動きはかなり鋭敏になる。今回のは間違いなくゴーレムだ。目が赤く光っていたのも魔法の発動だろう。
「それも倒したんですか?」
客間のテーブルに身を乗り出す。少し興奮気味だ。
「いや、石で作られていた。剣が通らなかった。……ここまでだ。」
全て記録し終えたセインは少し物足りない雰囲気だった。深呼吸をすると、執務机の向こうにある窓の外を見る。
「よろしい、御約束通り支払います。」
胸ポケットに入っていた、細長い包みをテーブルの中央に置く。ヴァッシュは無言でそれを手に取ると立ち上がる。遅れてセインも立ち上がった。
「ヴァッシュ殿、また依頼があれば手配させて頂きます。」
ヴァッシュはもうセインの顔には飽きていた。
「これが最後だ。」
そう言い放ち、眼を見開き静止したセインを無視して扉を開けた。