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そして、当日の夕方になった。約束したからには、絶対に行かないといけない。実際行きたいし。
人通りの少ない廊下を足音の出ないように歩く。
国を代表する立場にありながら、みなが苦労している所を抜け出して恋人に会っているなんて、いいのだろうか。
褒められた行為じゃないのは自分でも分かっている。それでも彼抜きの生活なんて考えられない。
終わりの見えない苦しみの中で、私をヒトとして扱ってくれるのは彼だけだから。
考え事をしているのが悪かった。古い木材で出来た床の音、人が居ないせいで余計響いた。
「祖国よ、ここで何を?」
ああ、一番聞きたくなかった声だ。戦場の指揮者、陸軍大将。
「……少し、気晴らしに夕日を見ようかと」
口から出たそれは言い訳ですらない。でも、逢引きに行ったというよりは余程マシなことだろう。
「私は、何も見ていない」
「え?」
「何も見ていない、と言っている」
その言葉は、私を見逃しているようにしか解釈出来ないものだった。
「日々、全線は押されている。……もし、これが最期だと言うのなら、束の間の休息ぐらいあるべきだ」
ずっと勘違いしていた、彼も分かっていたんだろう。台湾達を支配した所で相手との戦力差が出来てきていること、国の存続さえ危ぶまれることも。
「……ありがとう、ございます」
それに返答はなく、大将はまるで何事も無かったかのように廊下の先に歩いて行った。