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此処は、地獄だ。
道の奥から響く鳴り止まない銃声。
血の霧が立ち込める。
其の下に、山程転がる息の無い人間。
事情も知らない一般社員にさえ降り掛かる火の粉。
探偵社の到着は遅すぎた。
此処は、舞踏会場。
其の心は、踊る。
くるくると回って、自身に振り回され、蹌踉めく。
平衡感覚を、心の芯を失った其れを。
俺は、両手で差添する。
紅き屍の絨毯を踏み、舞う。
嗚呼、憐れだ。
見付けたかった何かを追い求めて、将に其の何かを見失うなど。
初めから存在していたと云うのに、気が付けなかったなど。
手前の意識から消えた心の芯は、手前を此処まで導いた。
故に、愉快だ。
手前の其の憎たらしい程に満面の笑み、
手前の其の泣き叫ぶ様な歓喜の哄笑。
今、此の瞬間、俺達は、
如何しようも無く最高に、満ち足りている。
―――深い闇に、沈む。
何の音も響かない、何の感触も与えない、黒い沼。
最早呼吸も止めた。
沈んで行く私の反対側には、光り輝く記憶。
皆が立ち現われては、遡り元居た過去の世界へと戻って行く。
幾ら手を伸ばせど、如何足掻けど、
取り戻す事は、叶わない。
此の儘消えて行く記憶を見届け無ければならないのみ。
全てが私の中を摺り抜けて行く。
…待って、待ってよ!!厭、厭だ、置いて行かないで呉れ!!駄目だ駄目だ!!僕は此処だ!!誰か!誰か…
そう叫び涙を枯らす程に泣き続ける幻覚が視えた様な気がした。
信念を見失うな、か…
此れが、乱歩さんの予測した結末だったのだね。
全部全部が消えて無くなり、最期に視えたのは、夕焼けの微笑み。
其れも全て、微かな絶望が弾ける感覚と共に消えて行った。
―――――
太宰は、此の扉の先に居る。
皆揃っている事を確認して僕は扉を開けた。
其の先は部屋では無かった。
壁は全て崩れ落ち、拓けた地が遠く迄広がっていた。
「何だ…此れは…」
其の広野では、幾千もの死体が地面を埋め尽くしていた。
そして先を見遣れば立って居る人間が、二人。
「真逆、あれ…」
敦君は、引き攣った声で云った。
そして皆が段々と青ざめていく。
「うん。そうだよ。」
「あれが太宰だ。」
僕がそう云い終わるのが疾いか、敦君を筆頭に皆一斉に太宰の下へ駆け出した。
「嗚呼、何だ、来たのか。」
「探偵社共。」
其処に太宰と居たのは、素敵帽子君…中原中也だった。
「此れは一体どう云う了見だい?」
「妾らに許可も取らず太宰を奪って。」
「あー。手前等が如何思おうと勝手だがな、」
「太宰は自分の意志で戻ったんだ。 」
「太宰は手前等の物じゃ無ぇよ。」
然し、太宰の眼には生気が宿っていない。
「本当に太宰の意志は有ったの?」
「…おう、勿論だ。」
「黒い本能に負けて仕舞っただけじゃ無くて?」
「はっ、気持ち悪ぃーな。」
国木田君が、如何云う事かと聞いてこようとした次の瞬間、
突然、太宰が口を開いた。
「ねぇ!中也!」
「此奴等も殺す?殺していーい!?」
皆、呆気にとられる。
「中也ぁ!良いよね!!」
「否待て、此奴等は駄目だ。首領に怒られちまうぜ?」
「何だぁ…ふふ、あはは!!」
落胆を見せたのも束の間、また笑い踊り始める。
ふらふらと不安定に回り、地に伏す。
「ったく…ほら、そろそろ帰るぞ。報告も未だなんだ、起きてろ。」
そうして彼は太宰の片腕を担いで支える。
「じゃあな、探偵社。手前等も疾く帰った方が良いかも知れねぇな?」
少しずつ歩を進め、僕達の来た方へと通り過ぎて行く。
「ま、待て!一寸待て!」
「あぁ?何だよ人虎。」
「太宰さんは…」
「しつけぇな…太宰は二度とそっちには戻んねぇぞ。」
「太宰さん!太宰さん!!」
「僕達、救けに来ました!!解りますか!?」
「おい太宰!さっさと帰るぞ!」
「大丈夫です太宰さん!此方側に戻って来ても良いんですよ!」
「あんた、人を救ける為に探偵社に来たんじゃ無かったのかい!!人を殺して何になる!!」
太宰の反応は無い。
「もう太宰に其の声が届く事は無ぇぞ?」
「なぁ、折角だし説明してやれよ。」
「え〜?厭だよ照れちゃう。」
「えっと…探偵社の皆さん?」
「兎に角、私の幸せを邪魔しないで呉れ給えよ。」
そう云う太宰の目には然し、薄く涙が浮かんでいる。
此れを聞き見ただけで、僕達全員が知れぬ複雑に入り組んだ太宰の絡まりを感じ取った。
其れは、永遠に解ける事の無い苦しみ。
其れは、迷宮に堕ちた少年の終わり無き思索。
そして現実に発露したのは、忘却を解放と思い違えた肉体の幸福。
「太宰。」
「お前は莫迦だ。」
「お前は、光の中に居たからこそ平凡で、然し『小さな幸せ』と共に在るを日常としていた。」
「でも、自分を疑い始めて仕舞った。」
「自分の『小さな幸せ』を十分に認めていなかった。」
「だから、本能に呑まれるんだ。」
「だが若し今、僕達の手を取ったなら、」
「僕達はお前に其の『小さな幸せ』を目一杯教えてやる!」
「他人を救う事に躍起に成りすぎるな!」
「お前を救う事が先だ!」
「違う違う!私の救いは『死』のみに在る!!」
「其れこそ間違いだ!」
「お前の仲間も、友も皆、死とは対極の世界に幸せを紡いでいる!」
「お前なら思い出せる筈だ!!」
「厭だ、止めろ!!」
「私にはもう何もかも解らない!!」
「もう二度と何もかも思い出せない!!」
「私に知る事が出来るのは、理由も原因も全く明らかで無くなった此の…!」
「痛みと苦しみだけだ!!」
「如何して!?何で!!?」
「何が私をこんなにも苛むの!!?」
突如、頭を抱え暴れ始める。
「ぅあ”ッッ!!痛い、痛い!!」
「厭だッ苦しい”ッッ!!!だ、誰、誰か!!居な、いのッ!?」
「待っ、て、!!駄目だッ、てば、行、か…」
其処で太宰は気を失った。
正確には、失わされた。
太宰の口には、中原中也の手に依って手巾が当てられていた。
其れは何かの薬剤に浸かっていたのか、液が滴っている。
そしてぐったりとした太宰を抱えてさっさと帰ろうとする彼を引き留めようとした其の瞬間、
「もう終わりにして呉れないかい?」
「あの子が可哀想だ。」
振り返ると其処には、何処から来たのかポートマフィアの首領が居た。
「…鷗外殿。」
「ふふふ、ご機嫌よう福沢殿。」
「太宰君の事なら心配無い。此方で確りと面倒を見るよ!」
「いやぁ、其れにしても太宰君も成長したねぇ。」
「忘却の道を選んだとは彼も賢明だったよ。」
「何をしに来たのですか。」
「勿論、貴方達に太宰君を諦めて貰う為でしたけど、」
「如何やら私は居なくても大丈夫だった様ですね。」
「そうそう、私も二人が帰って来る迄に執務室に戻っておかなければだから、長話はしていられない。 」
「また今度ね。」
「………嗚呼…。」
こうして、僕達の太宰救出作戦は、
完全な失敗に終わった。
目が覚めるのを待つ。
首領が云うには、もう目覚めても良い頃らしい。
だから来た。
なぁ、早く起きろよ。
あんなに、文字通り心の躍る様な体験は初めてだった。
また行くんだろ?あの世界に。
次は何処が良いか、後で首領に聞くか。
「……ん…」
「お、やっとお目覚めかよ。」
「中也…」
「私…何処で怪我したの…?」
「あ?知らねーよ。其処ら辺に転がってたから拾って来てやったんだ。」
「…ふふ、中也の嘘吐き!」
「二人で一緒に一組織壊滅させたじゃ無い!」
「何だ、覚えてやがったのかよ。」
「あはは!中也、其れで優しい人間にでも成った心算?」
「あ”ァ”!?五月蝿えよ!!死ね!!」
「照れちゃって〜、ふふ!」
「何だよ!!第一手前だってあン時云ったろ、『照れちゃう〜』ってなぁ?」
「今思い出しても阿呆らしくて笑えるぜ!」
自然と溢れた朗らかな笑い。
「え〜…私、そんな事云ってたの…」
「そうだぜ。そして此れからもそんな俺しか覚えて無い言葉が沢山発生するってこった!」
「最っ悪…」
「良いじゃ無ぇか、手前の醜態は俺は気に入ってるが、」
「手前に其の記憶が丸々残ってたら手前が羞恥と嫌悪で死んじまうだろ?」
「そう云う問題じゃ無いのだけど…」
俺達の日常が戻った。
俺に取っちゃ此れがあの探偵の云った
『小さな幸せ』なのかも知れねぇが
此奴に云ってやる義理は無い。
皮肉な話だな。
手前には此の先永遠に幸せを手に入れる、取り戻す事は叶わない。
其れが代償と成り、俺に『小さな幸せ』とやらを与えた。
なら、俺は此の日常を続けて行くだけだ。
続けて、此奴にも分け与えてやろう…
待て、俺は何を考えているんだ…?
否、矢張り其れが良い。
『俺』が与えてやるんだ。
手前は一生俺に与えられてれば其れで良い。
最高だろ?
―――――
書けた。どうだったでしょう…
前のがちょっとはやく伸びたから…嬉しくて…有難う…
『太宰を拾った日』とBEAST4巻買ったので読みます!(≧▽≦)(sideA読んだんですけど、ほんわかでなんか幸せでした。)
またハートとかコメントとか下されば、僕が嬉しくなります。