テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
部屋に入ってきたのは、レオンだった。
その手には、何枚かの書類が握られている。
「バイオレッタ。例の『ハーレー商会』について調べてみたらさ……面白いことが分かったよ」
「聞かせて」
私が身を乗り出すより早く、フローラがすっと私の前に立ちはだかった。
「資料だけ置いたら、すぐに出て行ってください」
「え?」
フローラはトレイを抱えたまま、にっこりと可愛らしく微笑んだ。
ただし、目だけはまったく笑っていない。
「お姉様は今、とてもお疲れなんです。お仕事のお手伝いをするのは、私だけで十分ですからっ」
「うーん。でも、僕はかなり役に立つ情報を持ってきたつもりなんだけどな」
レオンは書類をひらひらと揺らし、わざとらしく首を傾げた。
「どうかな、バイオレッタ。僕、君の役に立ってると思う?」
「ええ、役には立っているわ」
「ほらね」
レオンが勝ち誇ったように微笑む。
「――ただし、余計な挑発をしなければ、もっと助かるわね」
「手厳しいなあ」
フローラが「ほら見ろ」と言わんばかりの顔で胸を張った。
「お姉様のお仕事の邪魔は控えてくださいねっ」
「特待生ちゃんこそ、僕が持ってきた資料を隠したりしないでね?」
「しませんよっ! って、なにしれっと座ってるんですかっ!? お姉様の隣に座るのは私です。そこ、どいてください!」
私の隣の椅子は、一脚しかない。
「え、じゃあ僕にずっと立っていろっていうの?」
「そうです! お邪魔虫に椅子なんて必要ありません!」
(……どうして席取り合戦が始まっているのかしら)
私はこめかみを押さえた。
「二人とも、そこまで」
ぴしゃりと言うと、二人が同時にこちらを見る。
「ここは公平に、じゃんけんで決めるのはどうかしら?」
結果、勝ったのはレオンだった。
彼は鼻歌を歌いながら、ご機嫌で椅子に腰かける。
「これで落ち着いて説明できるね」
「ふんっ」
負けたはずのフローラは、当然のような顔で私の膝の上へちょこんと座った。
「お姉様のお膝なら、椅子より近いですもんっ♡」
(推しが膝の上に……! 幸せすぎる。……けど、ちょっと重い……!)
レオンが呆れたように笑う。
「ねえ、これ勝負の意味あった? ずるくない?」
「別の勝ち筋を見つけただけですっ」
「はいはい。レオン、続きを話して」
私がたしなめると、レオンは書類を机に広げた。
「じゃあ、本題だ」
空気が、変わった。
「ハーレー商会の表向きの代表は、ハーレーという平民商人。もともとは魔獣用の餌を扱う、小さな問屋だったみたいだね」
レオンが書類の一箇所を指さす。
「けれど、ここ数年で急に学院や王宮関係の施設への納入が増えている。普通の商会なら、こんなに早く取引先は広がらない」
「……裏に誰かがいる、ということね」
「正解」
レオンが、目を細めた。
「出資者を辿ってみたら、現王妃派の貴族が何人も出てきたんだ。しかも、そのうちの一人は――」
彼が一枚の書類を、私の前へ滑らせた。
そこに記されていた名に、私は目を止める。
「……昨日の保護者説明会で、私を責めていたギルフォード伯爵家ね」
現王妃派の筆頭、マレフィカ侯爵家に連なる有力貴族だ。
「そういうこと」
レオンが肩をすくめる。
「レオン、ここから現王妃本人まで辿ることは……やっぱり厳しいかしら?」
「そうだね。相手も証拠は残さないだろうし……」
何せ相手は、毒事件の犯人も、魔力増強剤を仕込んだ犯人も、迷わず消すような連中だ。
コン、と短いノックが一度だけ響いた。
次の瞬間、返事を待つ間もなく、扉が勢いよく開く。
「――っ、アレク!?」
入ってきたのは、アレクだった。右手と右足を固定具で固め、肩には痛々しい包帯が巻かれている。
「ちょっと、あんた何してるのよ! 説明会の時だって言うこと聞かずに来て……! 安静って言われたでしょう!?」
「問題ない」
「問題しかないわよ!」
私が睨みつけると、アレクはわずかに視線を逸らした。
けれど、すぐにその表情を険しく引き締める。
「ベラドンナが、関所に兵を集めている」
「関所に兵……?」
「ウィステリア家に入れた監視役からだ。兵糧と武器が動いた」
アレクに頼み、使用人として潜入させておいた騎士が、不穏な動きを掴んだのだ。
ウィステリア伯爵領は、アイリス領へ入る主要街道を押さえている。
小麦、塩、薬草、燃料。
物資の多くは、その関所を通ってアイリス領へと運ばれてくるのだ。
「……次は物流封鎖、ね」
私が呟いた、その瞬間――。
コンコンコン!
慌ただしいノックの音が響いた。
「失礼いたします! ウィステリア伯爵令嬢宛てに、緊急の魔法便が届いております!」
扉の向こうから、学院付きの侍従の声がした。
コメント
1件
第58話、一気に読んじゃいました! フローラとレオンの席取り合戦、可愛くて思わず笑っちゃいましたよ(笑)。負けたフローラが「お姉様のお膝なら椅子より近いですもんっ♡」って膝に座るシーン、バイオレッタの「推しが膝の上…!幸せすぎる」って心の声がツボでした。でもその後のハーレー商会の調査で、現王妃派の貴族が出てきて一気にシリアスに。最後のアレクの怪我を押しての緊急報告と「次は物流封鎖ね」の台詞でゾッとしました。次が気になりすぎます!